■「レクイエム・フォー・ドリーム」ダーレン・アロノフスキー

空虚な心を抱える恋人同士ハリーとマリオンは，２人の夢の実現のためにドラッグ売買に手を出す．だが誘惑に負け，自らもドラッグの深みにはまっていく．一方，孤独感を募らせるハリーの母サラは，突然舞い込んだＴＶ出演ためにダイエットを決意，病院で処方された薬の中毒者になっていく…．

　ドラッグの虜となり，破滅していく人間に捧げられる鎮魂歌ではない．麻薬撲滅キャンペーンの意味合いならば，恋人同士ハリーとマリオンの転落の軌跡で事足りる．家電製品の扱いにも手を焼くハリーの母サラが，「ダイエット薬」の名を借りたドラッグに食指を動かすこと．アナクロな一般市民にも，麻薬の罠がぽっかりと口を開け待ち構えている実態こそ，恐怖の反映．現代のディストピアは，政治のリーダーシップを待たずとも訪問可能．アルコール，ニコチン，間食，ダイエット，仕事，セックス，恋愛――すべてに嗜癖と依存の可能性がある．

　本作は3つの「季節」に分割され，主要人物の生涯が惨状を呈する説明を進める．各自が夢と希望に満ちた夏，窮地に陥りつつあることを自覚する秋，事態の泥沼化と絶望に支配される冬．春はない．新たな希望が兆す季節は，彼らには永遠に巡ってこない．かといって，安易に死を受け容れる段階に至らず煉獄の生を生きる惨澹たる寓話なのである．デビュー作「π」（1997）でシカゴサンタイムズ，ワシントン・ポスト，シアトル・タイムズ等アメリカのメジャー・ペーパーのベスト10入りを果たしたダーレン・アロノフスキー（Darren Aronofsky）．ドラッグによる幻覚症状をスプリット・スクリーン，コマ落としの早回し，魚眼レンズの映像などで巧妙に創りあげた．

　それらに目を奪われるのも確かだが，クスリを注入すると瞳孔が拡大し，脈拍音がひときわ大きく響く．イメージの反復と，その間隔が徐々に狭くなっていくのが効果的に悲壮さを演出している．特筆すべきアクターは，何といってもダイエットに猛進する老女エレン・バースティン（Ellen Burstyn）．名門アクターズ・スタジオの共同責任者にも就任した貫禄十分．妄想に耽溺するあまり，ドラッグの魔力を借りて醜悪無残な末路を怪演．2種類のボディ・スーツ，9つの墨を身につけ演じた．

　人間性や尊厳を没していく人々の姿は直視に堪えない．それに比して鑑賞後の悪心がさほどでもないのは，彼らのパーソナリティがどこか類型的で，強い感情移入をガードしているため．ドラッグの入口は広い間口だが，出口もまた狭くはない．しかし四季には春が欠け，明るい希望の光も望めないのだ．過去の記憶をシャッフルして僅かに甦る夢の世界でのみ，健やかで幸福だった眩しさが見える．それも残酷な泡沫となる道は，依存と狂気で舗装されている．

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原題： REQUIEM FOR A DREAM

監督： ダーレン・アロノフスキー

102分／アメリカ／2000年

© 2000 Artisan Entertainment