▼『アダム・スミス』堂目卓生

アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)

 政府による市場の規制を撤廃し,競争を促進することによって経済成長率を高め,豊かで強い国を作るべきだ―「経済学の祖」アダム・スミスの『国富論』は,このようなメッセージをもつと理解されてきた.しかし,スミスは無条件にそう考えたのだろうか.本書はスミスのもうひとつの著作『道徳感情論』に示された人間観と社会観を通して『国富論』を読み直し,社会の秩序と繁栄に関するひとつの思想体系として再構築する――.

 代経済学の父であり,市場経済で働くメカニズム「見えざる手」があまりに有名なアダム・スミス(Adam Smith)は,救貧法を批判し,規制緩和と市場競争を至上とする新自由主義のルーツを生んだ.しかし,『国富論』出版の17年前に,スミスは『道徳感情論』を著していた.

 社会の秩序と繁栄には,「財産の道」「徳への道」のいずれかを歩む人間の在り方が重要と『道徳感情論』では説かれる.前者は批判を恐れる弱き人,後者は悪徳を克服する賢き人の道である.利己的な欲望に導かれた経済活動は,「見えざる手」の統制で正当に競争が煽られる.そこで重視されるべき「公正さ」をスミスは『国富論』で強調するが,人々の「胸中の公正な観察者」を『道徳感情論』で指摘していた.

スミスの議論の特徴は,人間の中に「賢明さ」と「弱さ」の両方があることを認めている点である.そして,人間社会の秩序と繁栄という大目的に対して,「賢明さ」と「弱さ」は,それぞれ異なった役割を与えられている.すなわち,「賢明さ」には社会の秩序をもたらす役割が,「弱さ」には社会の繁栄をもたらす役割が与えられている

 いわば,人間社会の秩序と繁栄を導く原理と,経済と行政に関する一般原理を両輪で構築していたのが,この社会科学の巨人であった.28歳でグラスゴー大学教授に就任,法学講義を担当したスミスは,正義の諸法の原理を執筆する予定だったが,ついに世に出ることはなかった.死の数日前,スミスは草稿のほとんどを焼捨てたため,スミスの社会と正義に関する論考は断片的にしか解らない.

 本書は,スミスの2つの著作を読み解き,総合的な思想体系に迫ろうとする.新書であるがその内容はずしりと重い.声高に市場原理を叫ぶ現代の新自由主義者と違い,きわめて冷静に経済の機能と効率,同時に人間の弱さと良識を見つめ,それが経済の強化につながると理解していた近代経済学の父像を提示する好著.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界

著者: 堂目卓生

ISBN: 4121019369

© 2008 中央公論新社