■「ウィッカーマン」ロビン・ハーディ

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 スコットランド警察に勤める中年の巡査部長ニールは,ヘブリディーズ諸島の孤島,サマーアイル島で行方不明になった少女を探してほしいという匿名の手紙を受け取る.捜査のため島にやってきたニールは,島民がキリスト教普及以前のケルト的宗教生活を送っていることを知る.厳格なキリスト教徒のニールは島民の特異な風習に嫌悪感を抱きながらも捜査を続けた結果,少女は島の宗教儀式の生贄として殺されたのではないかと疑い始める….

 明の衝突の本質を,原始宗教を用いて巧くとらえた映画.古代ケルトの原始宗教が妄信される孤島サマーアイルは,異教徒からみれば完全アウェー.キリスト教圏の「モラル」を嘲笑する卑猥なフォークロア,公共の場で繰り広げられる肉欲の宴.他文化からみたモラルが麻痺した世界.そこでは牧歌的なフォークミュージックが愛され,保守的な気質の人々が暮らしている.

 イギリス映画の不振が深刻化していた1970年代初頭,カルト・ホラーで新境地を開こうとしたのは,吸血鬼などゴシック・ホラーで黄金期を築いたクリストファー・リー(Christopher Frank Carandini Lee).原始宗教指導者の末裔サマーアイル卿の風格は十分.ドルイド教における人身御供の一種「ウィッカーマン」は,古代ガリアで紀元前700年から1200年頃,ヨーロッパに広められた.映画で設定された期間,100年どころではないのである.「樫の樹の賢者」と称される神官が,一国の最高主権者として君臨.王位の交代のために,先王を弑して次代の王を擁立したという.

 権力を血で洗い流して刷新するという風習は,博愛主義を装いながら,きわめて好戦的なキリスト教への揶揄となる.ハウイー警部が中年まで純潔を貫き,カトリックのモラルに束縛されるように,サマーアイルでの狂信も「大地豊穰」と「男根崇拝」が至上のものと崇拝されている.島の繁栄のために,妥当な犠牲を歓迎する島民らに,説得や懐柔,泣き落としは通用しない.人身御供を立てる「罪業」には,敬意をもって栄えることで報いると信じられるためである.

 本作には,人智を超えたクリーチャーなどは一切登場してこない.その代わり,神に殉じる魂の酷薄さを,現代における宗教の信徒を呑み込む古代宗教,と容赦ない構図で示した.議論の通用しない舞台に紛れ込む四面楚歌に,背筋が寒くなる.多義的には,異質なアイデンティティ同士の軋みであり,相互理解が不可能という「衝突」の要訣を鋭く描いているのである.

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原題: THE WICKER MAN

監督: ロビン・ハーディ

86分/イギリス/1973年

© 1973 British Lion Film Corporation