▼『タテ社会の人間関係』中根千枝

タテ社会の人間関係 単一社会の理論 (講談社現代新書)

 日本社会の人間関係は,個人主義・契約精神の根づいた欧米とは,大きな相違をみせている.「場」を強調し「ウチ」「ソト」を強く意識する日本的社会構造にはどのような条件が考えられるか.「単一社会の理論」によりその本質をとらえロングセラーを続ける――.

 本の敗戦を告げる玉音放送を聞いたとき,著者は津田塾専門学校(当時)の2年生だったという.モンペからコバルトブルーのワンピースに履き替えた彼女は,26歳でインドに単身渡り人類学の現地調査に臨んだ.象の背中に乗って山岳地帯を探索し,「首狩り族」と呼ばれた部族の地域にも飛び込む.ピンクのサリーを着て自転車で走り回る女性研究者は,「日本から来たデモクラシー」と珍しがられた.

 インドでの「母系制」研究が国際的に評価され,「女性初の東大教授」「女性初の東洋文化研究所長」「女性初の学士院会員」と,女性の成功事例のように扱われた.1964年,中央公論に発表した論文「日本的社会構造の発見」は,保守派の論客で反独裁論の猪木正道の激賞を受け,講談社から出版されるときに「タテ社会」という言葉を編集者から発案されているが,性差についての論考は意図的に回避されている.

 本書の重要な指摘のひとつは,日本ではどんな職業かの「資格」より,どんな会社の構成員という「場」が重視される,という点だろう.インドやイギリスの厳格な階級や身分制度においては,家柄や血筋,学歴,地位,職業が決定的に重視される.だが日本における社会集団は「場の強調,集団による全面的参加,タテ組織による人間関係」を決定要因とすると述べている.しかも,「日本の村の寄合い」「東京大学の教授会」の内部事情は,知的レベルや権限の大きさは違えど意思決定のプロセスや対立の構造は同じであった.

他の国であったならば,その道の専門家としては一顧だにされないような,能力のない(あるいは能力の衰えた)年長者が,その道の権威と称され,肩書をもって脚光を浴びている姿は日本社会ならではの光景である…中略…それは,彼がその下にどれほどの子分をもっているか,そして,どのような有能な子分をもっているか,という組織による社会的実力(個人の能力ではない)からくるものである

 ただし,経済成長期の日本企業を説明する便宜として,結局のところ「三種の神器」――企業別組合,終身雇用,年功制――を維持する前提として「単一性」を結論とするのは,もはやレガシーとすらいえないほど壊滅状態に陥った現状を鑑み異世界の話にしか見えない.エモーショナルな日本的「タテ社会」が普遍であるなら,そのコーポラティズムがわずか30年ほどで急速に瓦解するわけはない.社会人類学は法・制度といった社会構造への関心を底流にもつが,いずれ20世紀に限る日本の社会構造論として本書の評価は定着するだろう.

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原題: タテ社会の人間関係―単一社会の理論

著者: 中根千枝

ISBN: 4061155059

© 1967 講談社