■「アルゴ探検隊の大冒険」ドン・チャフィ

アルゴ探検隊の大冒険 [DVD]

 『シンドバッド7回目の航海('58)』を筆頭に多くの特撮ファンタジーを手掛けてきた製作シニア&特撮ハリーハウゼンの代表作であり,ストップモーション・アニメの歴史に名を残す最高傑作.ギリシャ神話に材を取り,幸福をもたらす"黄金の羊の毛皮"を求めて旅立つジェーソン一行の大冒険.青銅の巨人テイロス,七首の竜ハイドラ,怪鳥ハーピーをはじめ,ハリーハウゼンの生み出すクリーチャーたちは皆素晴らしい.中でも7体のガイコツ剣士と3人の男が繰り広げる剣闘シーンは圧巻….

 撮映画の特殊効果を担当する技術者のイマジネーションとスキルには,大いに称賛が与えられるべきことを,直截的に教えてくれる映画.映画の構成要素にはすぐれた俳優,物語の創作性,監督をはじめとする製作者の方針とビジョン,印象深い音楽性などがあるが,本作は特殊効果を担った製作者の功績が素晴らしい.形だけのものに息吹を与え,クリーチャーとしての「俳優」にまで高め,生身の人間と共演させる.それをなしえたゴッドハンド,レイ・ハリーハウゼン(Ray Harryhausen)の仕事は,あたたかみのあるギミックが独自の世界観を形成しており,物語性や人間の演技力をはるかに凌ぐ映画の構成要素に位置づけられていることを訴えかけてくる.

 古代テッサリアのアリスト王の子イアソンは,父王を殺害し王位を奪ったぺリアスを仇とは知らず助命した.王国を取り戻すには,神の力が宿る「黄金のフリース(羊の毛皮)」を入手しなければならない.オリンポスの十二神らは,イアソンに力を貸すことを試みるが,イアソンは人間の力で困難を克服することを誓った.黄金のフリースを求め,帆船「アルゴ号」で未知の国コルキスへと旅立つイアソン一行.そこには勇者ヘラクレスや宿敵ぺリアスの子アカスタスも加わっていた.水と食料を補給するために立ち寄ったブロンズ島では青銅の巨人タロスの怒りを呼び,盲目の老預言者ピネウスを襲う怪鳥ハーピー,通行する船を落石で破壊する吠える岩などの困難に遭遇するが,女神ヘラの助言によって切り抜ける.コルキスの美しい王女メディアを救出したイアソン.彼に好意を寄せるメディアは,黄金のフリースのありかを教えるが,コルキス国にとっての至宝を盗みにきたとコルキス王の逆鱗に触れ,王の魔術で7つの首を持つヒュドラ,骸骨剣士らが一行に襲い来る.

 ギリシア神話を底に敷いてはいるが,原作通りの展開をみせるわけでもない.ハリーハウゼンギリシア神話を好み,特殊効果を担当した「タイタンの戦い」(1981)でも戯れに人間の運命を弄ぶオリンポスの神々と,魔物たちの神通力に抗う人間の姿が描かれていた.特に考証が厳密ではない.本作の描写では,原作のヒュドラを退治するのはヘラクレスの12の功業の一環であるのに,アルゴ探検隊の試練とされている.そして,毛皮を手にし帰国するところで映画は終わってしまい父王の仇を討ち王国を取り戻す挑戦は描かれない.これらは必ずしも映画の欠点ではない.その後の経過は,王国を再建するどころか,メディアの魔力に恐れをなした民衆の抵抗に耐えきれなくなったイアソンは国外に亡命せざるを得なくなり,コリントスクレオンの娘との結婚に応じたイアソンに復讐心をたぎらせるメディアは,クレオンとわが子をも殺し,イアソンは放浪の末,アルゴ号の残骸の下敷きになって息絶えた.明らかに,イアソンの運勢は毛皮を入手し凱旋するまでが最高潮にあった.それをピンポイントに描いたものだと割り切り,原作にはない魔物との戦いも,人外の者のカメオ出演だと解釈すれば楽しめる.

 イタリアのパエストゥム神殿(世界遺産,紀元前600年ごろ建立)で敢行されたロケにより,古代の美術と1960年代の特撮の融合に矛盾はないと挑戦している姿勢がいい.何といっても,作品の柱はハリーハウゼンの手による特撮であり,複雑な関節構造を持つ人形の動きをコマ割にして撮影されたアニメーション,実写との融合なのである.彼はこれを「ダイナメーション」と名付けた.青銅の巨人タロスの軋む轟音と逃げ惑う人間たち,7つの首がそれぞれ意思を持ち噛みつき,絡みついてくる動き,骸骨剣士たちが多彩に仕掛けてくる剣戟.これらはすべて,ダイナメーションの技術によるが,気の遠くなるほど根気のいる作業の連続が,やっと一つの場面を完成させる.人形の型を微妙に変えて撮影をしなければならず,1日に13コマしか撮影することができない.ダイナメーションの時間にしてわずか0.5秒である.アルゴ一行と骸骨剣士の乱闘場面は,実にここの撮影だけで4か月半を費やした.映画の特殊効果技術を誰が担当するかで,観客のイマネジネーションは大きく影響を受ける.ダイナメーションは,自然な動きとはいい難い.誰の目にも,人形がギミック的に動作し,人間の演技に合わせていることが判別するだろう.しかし,その個性が不自然さを補って余りある魅力を放つ.クリーチャーのデザインとしての個性ではなく,その動き,ダイナミズムの個性である.

 ハリーハウゼンは製作者であって監督ではない.しかし,ダイナメーションにより人形に生命を与え,人間に共演させる「役者」の属性を付与している.特撮の「神様」と崇められ,1960年代のストップ・モーションの向上に貢献したハリーハウゼンの考案した技術は,「スター・ウォーズ」(1977),「ロボコップ」(1987)に影響を与え,引き継がれた.残念なことに,「ジュラシック・パーク」(1993)以降,SFXはCG偏重の時代に突入した.ただ,監督のスティーヴン・スピルバーグSteven Spielberg)は当初,実物大の恐竜ロボットで撮影し,部分的にはミニチュアによるストップ・モーションを活用しようと考えていた.それが,ILMのフルCGの出来があまりに素晴らしかったため,全面的にCGに頼ることにした.さらに,同作の視覚効果に目を見張ったジョージ・ルーカス(George Walton Lucas Jr.)が,ビジュアル面の特殊効果が成熟した時期に達したと判断し,スター・ウォーズのエピソード1の製作検討に入っていった.

 特撮の技術は,カクカクとした無骨な動きのダイナメーションやストップ・モーションの時代から,流麗なCG時代へと世代交代が進められた.CGが優れた特殊効果を生むのなら,大いに活用されるべきではある.しかし,過渡期を過ぎたハリーハウゼンが語ったように,リアルさの追求が幻想的なイマジネーションを奪うということもあり得る.突出したビジュアル効果に頼って,映画のクオリティを上げることを模索する時期はもう終焉している.むしろ懐古的に,本作のようなCG以前の特撮効果を上げている作品を検討することで,技術者の血のにじむような努力の結晶が,映画の様々な構成要素と一体となっていることの「効果」を再評価する時代に差し掛かっている.鑑賞者の想像力を掻き立て,幻想の世界に誘うために演出するものは,視覚効果で終わるはずがない.映画というパッケージで架空の舞台をもっともらしく提供するためのリアリティの「本質」が,本作のダイナメーションで不自然に,しかし生き生きと躍動する「役者」には宿っている.

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原題: JASON AND THE ARGONAUTS

監督: ドン・チャフ

109分/イギリス/1963年

© 1963 Columbia Pictures Corporation