ともにジャーナリストとして活動し,深い絆で結ばれたダニエルとマリアンヌの夫婦は,9.11のテロ後,アジア各国を取材のために回っていた.しかし,帰国直前に訪れたパキスタンでダニエルが失踪.すぐさま国際的な捜索チームが結成されるが,ダニエルはアメリカのスパイ容疑でテロリストに誘拐されていたことが判明する.マリアンヌは妊娠5ヶ月の身重にも関わらず,ダニエルの生還を信じて捜索チームと行動をともにするが,捜査は難航.そしてついに,恐れていた事態が起きてしまう…. |
ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ(UIP)は,2007年にユニバーサル・ピクチャーズ,パラマウント・ピクチャーズそれぞれ独立した配給体制に改組した.大作以外にも,小粒ながら社会派のメッセージが強い良作を生んでいた.ウォールストリート・ジャーナル記者ダニエル・パール(Daniel Pearl)の首を切断して殺害――キューバ・グアンタナモ湾の米海軍基地で開かれた非公開審議の場で,国際テロ組織アルカイダ幹部が自白した内容である.ダニエルの妻マリアンヌ・パール(Mariane Pearl)はフランスのラジオ局記者で,夫と同様にジャーナリストであった.
イスラム過激派を取材中に誘拐された夫の行方を血眼で捜す身重のマリアンヌの体験は,本作では30日間に限定して描かれる.丹念に描かれるのは,TVで夫の解放を訴え,無常な現実に気丈に向き合うマリアンヌの精神力.彼女の手記に感銘を受けたブラッド・ピット(Brad Pitt)が,自身の製作会社で映画化を企画.マリアンヌにアンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie )を立て,マイケル・ウィンターボトム(Michael Winterbottom)を監督に指名した.改組前UIPの最後の世代として,本作は衒いのないリアリズムを強烈に意識した作品.マリアンヌ役のジョリーには,アルカイダから脅迫が幾度も見舞われた.
原作者マリアンヌの職業を考えれば,ジャーナリストである夫の惨殺に関する政治的主張は,いくらでも肥大して拡散させることが可能だった.しかし彼女はそれを目的化せず,テロリストが恐怖の増大を目論むなら,恐怖に抵抗することがヒューマニズムの貫徹になると訴え続けた.マリアンヌをサポートするメンバーは,インド出身の同僚記者,ダニエルの同僚記者,パキスタンのテロ対策組織幹部,アメリカ領事館安全保障担当官,FBI捜査官らと強力なネットワーク――もっとも,彼らがパキスタン・カラチの政情に精通するには当然ながら限界があり,錯綜する情報を整理しながらダニエル奪回に向けた議論は,オブセッシブになるのは不可避だった.結果,時間だけが刻々と過ぎていく.
妊娠5ヶ月の身で,切迫するマリアンヌの精神.だが,そこに崩壊の兆しが見えないのは,ジョリーの“肝を据えた”出で立ちが強靭なためだろう.その気合と説得力は,有無をいわさぬものがある.マリアンヌがブッディストであり「南無妙法蓮華経」と題目を唱えるシーンが登場するが,国際テロの被害者となった彼女が,悲哀と恐怖を克服しようとするため宗教に依っている意味合いはほとんどない.恐怖によって敵対者の隙を拡大しようとするテロへの拒絶と対決を,翻弄されながらも信念を揺るがせにしない女性が明確に主張する.渦中の彼女の慟哭と絶叫は忘れがたいが,説明描写を最小限に抑える冷えた演出が,かつてのUIPのさりげない十八番であったことを再認識させる.
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原題: A MIGHTY HEART
監督: マイケル・ウィンターボトム
108分/アメリカ/2007年
© 2007 Paramount Vantage