▼『自動車絶望工場』鎌田慧

自動車絶望工場 (講談社文庫)

 働く喜びって,なんだろう.毎日,絶望的に続くベルトコンベア作業の苛酷さ.現代の矛盾の集中的表現としての自動車は,労働の無内容さと人間の解体を満載し,排気ガス,石油資源などの諸問題を前にして,いま大転換を迫られている.自ら季節工として働いた体験を,生きいきと再現した傑作ルポタージュ――.

 入ルポの金字塔.本書以外では,大熊一夫『ルポ・精神病棟』が強烈なインパクトだった.500万時間安全運動を達成するため,労働災害はなかったことにしようとする企業姿勢.本書は『トヨタ絶望工場』と題する予定であったが,さすがに変更されている.トヨタ自動車本社工場第5機械工場233組トランスミッション組立てコンベアライン.6ヶ月間を「期間工」として潜入取材した手法は,賛否両論を浴びた.

 さながら現場の機械油の生臭さが漂うリアルな描写は,実体験でしか獲得できない臨場感がある.1970年代初めのトヨタは,18歳から50歳までの男子を鋳造,組立工場に投入.7ヶ月間で,2,000人の募集を行っていた.トヨタ期間従業員数が最多だったのは,平成17年6月の1万1,600人であった.生産台数の減少は,期間工の雇い止めに直結する.明らかに,期間工は雇用の調整弁のひとつとして企業から重宝されている.

 内部文書から明かされる職階制度,生産システムは,人間に仕事を振るのではなく,仕事に人間を当て嵌める仕組みであることが瞭然.基本的な構図は,現在もそう変化していない.本書は,優れたルポでありながら,第5回大宅壮一ノンフィクション賞(1974年)を逃している.草柳大蔵『企業王国論』でのトヨタ理解を批判したことが,少なからず影響したことだろう.当時,賞の選考委員に草柳も加わっていたのである.

 ベルトコンベアによる効率的な工場生産を絶賛した草柳と対照的に,著者は生産ラインに酷使される労働実態を克明に描き,人間性の荒廃を訴えた.「潜入取材は重みに欠ける」との意見から,本書は受賞ならず,作品の意義は減じられたかに見えた.だが,本書の持つ説得力には普遍の輝きがある.ものづくり美学の裏面を描きすぎたきらいはあるけれでも,汗と埃と油にまみれなければ,労働と人間性の間に生まれる独特のトレードオフを冷徹に見詰めることはできなかった.蓋し名著である.

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原題: 自動車絶望工場―ある季節工の日記

著者: 鎌田慧

ISBN: 9784061830967

© 1983 講談社