■「椿三十郎」黒澤明

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 城代家老汚職に関する意見書が受け入れられず,憤懣やるかたない九人の若侍の密議を聞いてしまった浪人は,若侍たちを諭した大目付こそが黒幕だと助言.それがもとで浪人は若侍たちを手助けする羽目になり,お家争いに巻き込まれてゆく….

 本周五郎の原作「日々平安」には「長い恐ろしい間があって,勝負はギラッと刀が一ぺん光っただけできまる」と書かれていた.椿三十郎と,宿敵室戸半兵衛の一騎打ちである.これを映像化することは容易ではない.現に,本作の脚本には「筆でも書けない」と述べられていた.次席家老と代官の汚職に憤る九人の若侍.しかし,彼らの無謀さを欠伸まじりに呆れる,豪放磊落な素浪人が現れた.かりそめの名を椿三十郎という.

 事態の解決には,城代家老の力が必要だが,凄腕の室戸半兵衛の監視の目が光り,うかつに手を出せない.「死ぬも生きるも九人一緒だ」と連帯する侍たちに,「十人だっ.お前たちはどうもあぶなっかしくていけねえ」と怒鳴りつけ,三十郎は一肌を脱ぐ.「用心棒」(1961)のキャラクター「桑畑三十郎」の設定を引き継ぐ,本作の主人公は,三船敏郎のはまり役となった.

 黒澤明の構想では,完結編となる第三作が予定されていたという.黒澤は,基本的に映画のシリーズ化を嫌っていたが,威風堂々とした荒くれ者,しかし惻隠の情と武士の義理を胸に抱く三十郎という人物を,愛していたということだろうか.ばたばたと人を切り倒す,コミカルな中盤までとうって変わり,仲代達矢が演じた鞘に納まらぬ“虎”,室戸の存在があってこそ,本作は不朽の時代活劇の地位を築いた.最後の決闘では,30秒近い睨み合いの後,頸動脈を見事に両断された室戸が,鮮血を迸らせて息絶える.

 血の噴水は,酸素ボンベの圧力を利用したものだった.仲代は,身体が宙に浮くのを必死でこらえたという.それで,血管が顔中に浮き上がるような決死の形相が真に迫っていたのであった.本作の「赤い椿」の描写は,黒澤フィルムでおなじみの墨汁が活躍している.小道具の使い方が,全体の重要なアクセントになっていることを再確認させてくれる映画でもあり,単純明快な筋書きと魅力あふれる人物の痛快劇で,鑑賞のフィードバックに耐える作品である.

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原題: 椿三十郎

監督: 黒澤明

98分/日本/1962年

© 1962 東宝=黒澤プロダクション