▼『ブンナよ、木からおりてこい』水上勉

ブンナよ、木からおりてこい (新潮文庫)

 トノサマがえるのブンナは,跳躍と木登りが得意で,大の冒険好き.高い椎の木のてっぺんに登ったばかりに,恐ろしい事件に会い,世の中の不思議を知った.生きてあるとは,かくも尊いものなのか――作者水上勉が,すべての母親と子供たちに心をこめて贈る,感動の名作.本書は《青年座》で劇化され,芸術祭優秀賞をはじめ数々の賞を受賞した.巻末に「母たちへの一文」を付す――.

 迦の弟子ブンナーガは,悟りの遅い弟子だったという.トノサマガエルのブンナ――ブンナーガから取られた名前――は,蛙仲間のうちでは勇猛だった.しかし,彼には窺い知れぬ厳しい自然の掟を,一冬を越す間に体験した.跳躍力に優れ,木登りも巧みなブンナは,周囲の反対にも耳を貸さず,土の広場となっている椎の木の頂上で冬眠しようとした.天敵の蛇がいない天国に思えたその場所は,実は鳶の餌の保管場所だった.

 雀,百舌,鼠,蛇など,ブンナの一族が恐怖する動物が次々に連れてこられ,泣いたり悔やんだり,怒ったり諦めたりしながら最後には鳶に食われ死んでいった.鳶は死んだ獲物は食わない.今死ねば,鳶に勝利する,と語り死んだ鼠の体から,羽虫が湧いて出る.ブンナはそれを食べて地上に降りる時を待つ.

 あれほど恐れていた天敵たちが,鳶の前では,なす術もなく死んだ.鼠の化身となった羽虫を食べて生き延びた自分は,他の動物の生命により生かされていることをブンナは悟った.そこには弱肉強食を超えた不文律があった.トノサマガエルも土蛙も,生命の尊さを抱えて生きていることに,ブンナは生死の地獄絵図を見極め,達観したのであった.

 本書は,1972年に『蛙よ木からおりてこい』という題で新潮少年文庫シリーズから刊行された.劇団青年座が1978年に脚本化し上演した時,本書のタイトルに変更された.母親が子どもに朗読してもよいようにという水上勉の配慮で生まれた本書は,舞台演劇にもう一つの息を吹き込まれ,海外公演も含め数千回に及ぶロングヒットを続けた.

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原題: ブンナよ、木からおりてこい

著者: 水上勉

ISBN: 4101141142

© 1981 新潮社