■「マンダレイ」ラース・フォン・トリアー

マンダレイ デラックス版 [DVD]

 1933年.グレースと父親とギャングたちは,新たな居住地を求めるうちに,米南部の奥深くにあるマンダレイの大農園にたどり着く.ここでは70年以上も昔に廃止されたはずの奴隷制度が,依然存続していた.白人に虐待される黒人たちの姿を見て,悲しみと使命感を感じたグレースは,自分がマンダレイの黒人たちを独立させることを決意する….

 意が無にされるケースには,大きく2つの要因が存在する.一つは,相手方がその好意を受け入れる体制を整えていない場合であり,もう一つは,好意による「便益」が受け手の体質と調和しない場合である.錦の御旗の如く掲げられる信条や理念は,一定の基盤がなければ単なる「お題目」と化し,無駄に留まらず有害な結果をもたらすことがある.1933年,"ドッグヴィル"の町を焼き払った女性グレースとギャングの父は,アメリカ南部アラバマ州プランテーション"マンダレイ"に到達した.

 閉鎖的な共同体マンダレイでは,1863年奴隷解放宣言が無視され,旧態依然とした奴隷制度が未だに続いていた.義憤に駆られたグレースはこの地にとどまり,奴隷制度の廃止と民主主義の定着を図ろうと決意する.前作「ドッグヴィル」(2003)では,グレースは権力の行使を通じて,暴力に大義を与えることができること,理想を阻む「障壁」を暴力によって一掃できることを学んだ.彼女は自身を侮辱したコミュニティを壊滅させ,新たな舞台では「民主主義」を育む場としてマンダレイを再構築しようとした.

 この試みは博愛と平等を促進する実験として始まったが,実際には自己中心的な思考実験に過ぎなかったことが次第に明らかになる.本作の主要なテーマは「民主主義の欺瞞」であり,今なお残るアメリカの「人種差別」問題を題材としている.テーマは明確であるが,前作で善悪の境界の恣意性を探求した内容と比べ,ある種の陳腐さが漂っている.「進歩的」人権思想に基づく秩序が,人間性が認められる地域全体で通用するという信念に,グレースは盲目的に執着する.だが,マンダレイにはすでに「マンダレイ型」の秩序が存在していた.家父長制や奴隷制度にも,一定の機能と幸福をもたらすメカニズムが備わっていたのだ.

 この事実に愕然とするのは,映画の登場人物に限定された問題ではなく,現実の社会にも適用されることも事実であるためだ.西洋型の民主主義といった一つの「価値観」が,他の地域にも単純に敷衍可能なものなのかという疑問は,リベラリストに対する批判として描かれていることは容易に察せられる.しかしながら,人種差別の問題そのものは根が深く,本作では,政治システムの暴力性や欺瞞を描く「題材」以上の役割をもたせているとは言い難いのが印象である.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: MANDERLAY

監督: ラース・フォン・トリアー

139分/デンマーク=スウェーデン=オランダ=フランス=ドイツ=アメリカ/2005年

© 2005 Zentropa Entertainments