■「ルルドの泉で」ジェシカ・ハウスナー

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 奇跡を求めて世界中の人々が集うフランス南西部の巡礼地ルルドへのツアーに参加したクリスティーヌは,不治の病で車いす生活を強いられている.巡礼地への旅は唯一の楽しみだ.マルタ騎士団の介護係マリアやセシルらと共に,聖母マリアが出現した洞窟や,奇跡の水が湧き出る泉を訪れる中,突然,立ち上がって歩けるようになる.果たして,それは奇跡のなせる業なのか.周りの人々の心は懐疑と嫉妬に揺れ始める….

 トリックや聖公会プロテスタント内の福音主義は,"奇蹟"を明瞭で合理的に解釈することを戒めている.それは,13世紀のスコラ学者たちが論じた「人跡の及ぶ秩序」「人跡の及ばない秩序(聖なる超俗)」の峻別が必要ということであり,そうでなければ神の摂理の聖性が侵される.ピレネー山脈北麓,標高400メートルにある巡礼地ルルドは,難病平癒の霊泉が噴き出る聖地.無学な田舎娘が聖母の啓示を受けたと伝承にはある.

 人の理(ことわり)で忖度されることすら許されない問いが,多発性硬化症で自立的日常生活もままならないクリスティーヌに降ってくる.信仰の篤さの面で,クリスティーヌは無数の巡礼者に劣る.ある日を境に,彼女が自立歩行を可能にした科学的根拠は不明なままだが,超常現象の域にある「治癒」は,ルルド国際医療委員会で正式に「奇蹟」享受の認定を受けなければならない.

 申請,受理,認定という行政プロセスが,奇蹟にも適用されることは奇異としかいえない.クリスティーヌのQOLが急激に改善した様子を,巡礼者たちは間近で見る.疾患や障害で苦しむ「他者」が彼女に抱く羨望は,次第に嫉妬に覆われていく.昨日まで歩くことすらできなかった女性が,恋愛の真似事まで始めることに,周囲の憮然たる感情が集まってくる.信仰者は,自分に手の届く場所で,だが自分以外の者に福音がもたらされることには,信仰が深いほど非寛容なのだ.

 ミヒャエル・ハネケ(Michael Haneke)に師事したジェシカ・ハウスナー(Jessica Hausner)は,クリスティーヌが迫害を受けずとも,心理的圧迫が強まっていく空気感を見せてくれる.神から特別な恩恵を授かった者は,遠からず世俗内では嫉妬と怒りのスケープゴートとなるだろう.祝福される中,最優秀巡礼賞といういかがわしい表彰を受けたクリスティーヌの病の「再発」を願う視線が,人間の卑しさ・疚しさを秘めている.

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原題: LOURDES

監督: ジェシカ・ハウスナー

99分/オーストリア=フランス=ドイツ/2009年

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