■「その男ゾルバ」マイケル・カコヤニス

その男ゾルバ [DVD]

 父の遺産の炭鉱再開のためギリシャ寒村に来た英国人作家バジル.エネルギッシュで楽天家のギリシャゾルバ.生き方も性格も異なる2人の男が偶然出会い,やがて友情が生まれ,強い信頼関係で結ばれてゆく.この2人を軸に愛,友情,生きることの喜びと悲しみ,そして死といった人間の営みを真摯に描く….

 作者ニコス・カザンザキス(Νίκος Καζαντζάκης)は,ギリシャ正教と異教徒の交流,衝突をモチーフにした作品を残した.伝統的にバルカン半島の分類となるギリシャでも,ことクレタ人の気性の荒さと因襲の縛りは風説となっているという.世間の荒波をよく知っていそうもない英国作家バジルが,ギリシャクレタ島に赴くのは,父の遺産である旧い炭鉱の勃興という頼りない理由からであった.そんなバジルと意気投合する生粋のギリシャゾルバは,豪放磊落にして楽天家という魅力的な男.

 炭鉱の現場監督に半ば強引におさまったゾルバは,クレタの男たちと和し,バジルにも地方独自の習慣を手ほどきしてみせる.異教徒のフランス人老女マダム・ホーテンス,現場監督の息子に言い寄られる美貌の未亡人ウィドーの2人の女性が,この物語を不穏な方向へ導いていく.クレタでは,異教徒が死亡するとその財産は政府が没収することになっており,その直前の強奪行為はお咎めなしとなる.病死するホーテンスの家財道具を持ち去る島民の暴挙,不条理な逆恨みから集団リンチを受け,惨殺されるウィドーの悲壮.

 世間知らずのバジルに衝撃を与えたおぞましい風土的洗礼.鉱山の廃墟で,ゾルバとバジルが向かい合って葡萄酒と羊肉で酒を酌み交わすシーンがある.異教徒には死後の人間の権利はなく,また異教徒と交わった者には制裁が加えられる.彼らにとっての政治体制は「悪政」,むしろ係累は伝統的な慣習と宗教.ゾルバは,凶暴な島民性とイギリス気質(バジルの一方の親はギリシャ人ではあるが)の懸橋にはなりえず,困窮をものともせぬよう,ギリシャが生んだ最大の音楽家ミキス・テオドラキス (Μίκης Θεοδωράκης)の音楽に乗って大らかにダンス(シルタキ)を舞う.

これだけは言っておきたい,あんたにひとつだけ欠けているものがある.愚かさだ.愚かさが無いと,人は自由になれない

 緩やかなハサピコスから,急速なリズムのハサポセルヴィコスへ――アンソニー・クイン(Anthony Quinn)の一挙手一投足から,むせ返るような男臭さ漂うシルタキ.ゾルバとバジルの共同事業は大失敗に終わるが,男2人で軽やかに砂浜を蹴る舞踏が打ち沈む気持ちを払拭する.過去のしがらみをいなすクレタ島由来の生命力,その太陽のような明るさに,バジルは大いに勇気付けられている.受難と情熱“パッション”を,見事に表現した映画となった.

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原題: ZORBA THE GREEK

監督: マイケル・カコヤニス

146分/アメリカ=イギリス=ギリシャ/1964年

© 1964 20th Century Fox