▼『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

 本書はチェコ出身の現代ヨーロッパ最大の作家ミラン・クンデラが,パリ亡命時代に発表,たちまち全世界を興奮の渦に巻き込んだ,衝撃的傑作.「プラハの春」とその凋落の時代を背景に,ドン・ファンで優秀な外科医トマーシュと田舎娘テレザ,奔放な画家サビナが辿る,愛の悲劇.たった一回限りの人生の,かぎりない軽さは,本当に耐えがたいのだろうか?甘美にして哀切.究極の恋愛小説――.

 論統制の蔓延るチェコスロバキア社会主義体制となった第2次世界大戦後,制約の多い社会主義リアリズムに合致するものしか許可されず,その結果チェコ文学は衰退した.1968年のプラハ.有能な外科医にしてプレイボーイのトマーシュは,出張で訪れた田舎のレストランで,ウェイトレスのテレーザと出会う.同棲生活を始める二人だが,トマーシュの女好きは納まらず,女性画家のサビーナとも関係を続ける.それは彼の性(サガ)だった.

 テレーザは苦痛を感じながらも,彼と別れることはできない.ソ連軍の統治下にプラハは置かれ,共産主義を皮肉ったコラムを新聞に書いたことから,トマーシュは医師生命を絶たれる事態に追い込まれる.この物語は,人生の選択にまつわる「質量」を模索するドンファン,田舎の純朴な娘,女性画家のそれぞれキッチュな性愛行動を描き,悲劇に向かって収斂していく.重さは恐ろしく,軽さはすばらしいことなのか――俗悪さから逃れようとした外科医は,思想的妥協と引き換えに身の安全と心理的安寧を手に入れようとした.

 雌犬の名はカレーニン,豚の名はメフィストパルメニデス(Parmenidēs)は軽さを,ルートヴィヒ・V・ベートーヴェンLudwig van Beethoven)は重さを肯定的に捉えた.ミラン・クンデラ(Milan Kundera)は,1950年に西側スパイであった元空軍パイロットをチェコ当局に密告していた.1960年代の民主化運動に参加し,「プラハの春」時代には作家同盟の事務局長を務めた.「人間の顔をした社会主義」への改革運動の挫折後フサーク政権に批判的だったため,1970年よりしばらく作品の発表を禁じられていた.

 本人は事実無根と否定しているが,チェコの「全体主義体制研究所」の発掘した資料に基づく報道がなされたのは事実である.当時は,見せしめとして公開裁判が常態化していたスターリン時代であり,クンデラは反体制派を装いながら当局の秘密警察に加担していたことになる.裏切りと冷酷な体制を懐疑的な作風にしたクンデラは,息苦しい猥雑性をこの作品にも与えた.1975年フランス亡命,1979年チェコスロバキア市民権剥奪,1981年フランスに帰化したが,1989年「ビロード革命」の後,2019年チェコ市民権を再取得.長い闘病生活を経て2023年に没した.

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Title: NESNESITELNÁ LEHKOST BYTÍ

Author: Milan Kundera

ISBN: 4087603512

© 1998 集英社