【恐怖】は,ウイルスより早く感染する.香港出張からアメリカに帰国したベスは体調を崩し,2日後に亡くなる.時を同じくして,香港で青年が,ロンドンでモデル,東京ではビジネスマンが突然倒れる.謎のウイルス感染が発生したのだ.新型ウイルスは,驚異的な速度で全世界に広がっていった.米国疾病対策センター(CDC)は危険を承知で感染地区にドクターを送り込み,世界保健機関(WHO)はウイルスの起源を突き止めようとする…. |
医療と公衆衛生をめぐる混乱,医療現場のエッセンシャルワーカーの苦悩は,新型コロナウイルス感染症"COVID-19"のパンデミックにより現実にもたらされた.ペスト,コレラ,赤痢,チフス,ジフテリア,結核,梅毒,破傷風,炭疽菌――"見えない敵"として恐れられてきた細菌は,時に大量かつ急速に人類に死をもたらす脅威であった.ウイルスの場合,細菌よりはるかに微細――ヒトの細胞の100~1,000分の1程度の大きさ――で細胞をもたず,エネルギー代謝を行うことも自己増殖もできない.毒気を含んだ空気(瘴気)により感染症は引き起こされる,と考えられていた迷妄時代を裂く光となった「コッホの4原則」は,対ウイルスの有効戦略たりえず,急速に変異をみせるウイルスへの対策は流動的にならざるを得ない.
デマと陰謀論の拡散,無症状のまま感染を広げる拡散性,買い占め暴動や都市封鎖,ワクチン開発と流通の熾烈な利権争いなど,本作は,製作から8年後のCOVID-19の到来を予見したような展開が興味深い.本編の中で,致死率20-30%の未知のウイルスに立ち向かう医師は「人間は普通,1日に2,000~3,000回顔を触る」と述べ,疫学者らは「1人が感染した場合,何人に二次感染させる恐れがあるか(季節性インフルエンザは約1人,痘瘡は3人以上)」の指標を示す.これらは,国民を安心させるリスク・コミュニケーションを各国政府がとるべき重要なエビデンス情報であるが,政府は公衆衛生の専門家に指揮権を与えず,米国疾病対策センター(CDC)とWHOは適切な連携を欠いて,第一線の医療現場は酸鼻を極めたのである.
かたや,1,200万人のフォロワーを持つインフルエンサーがWHOと製薬会社の陰謀論を唱え,シカゴやミネアポリスは封鎖され,各地の暴動を招く.2009年の新型インフルエンザ流行の時は,欧州評議会保健委員会長が,大企業がワクチンを売るために「偽りのパンデミック」を宣言するようWHOに圧力をかけた.非常にロジカルな手法に長けたスティーヴン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)は,パンデミックを生き抜くための医学的な現実の一部については認識できても,それに対する人間の反応についてはほとんど解明できないことに興味を抱いたという.ある種の恐怖と脅威にさらされると,人間が非論理的な行動に走ること――アフリカの国家元首が祈りこそが治療法だと発言してウイルス感染で死亡,インドで行われた集団祈祷に数千人が参加,感染者の爆発的拡大など――現実のCOVID-19パンデミックでも見られたことだった.
本作のために行われた考証や未来予測の精度はそれなりに高かったわけだが,予測できても制御はできなかったことの証左でもある.本作の架空のウイルス"MEV-1"は,コウモリとブタのウイルス株から構成されている.このMEV-1のサンプルが,H1N1(ブタ由来)とSARS(コウモリ由来と考えられている)のサンプルとともに保管されているのはシニカルが効いている.弱毒化ウイルスを使用して,MEV-1に有効なワクチンが開発されると,CDCはワクチン接種の順番を誕生日による抽選とする.3月10日生まれの人を選んで,ワクチンを最初に接種する.1995年3月10日は,パンデミックを描いた大作「アウトブレイク」(1995)の全米公開日である.
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原題: CONTAGION
監督: スティーヴン・ソダーバーグ
106分/アメリカ/2011年
© 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.