■「訣別の街」ハロルド・ベッカー

訣別の街 [DVD]

 ニューヨーク市ブルックリン.麻薬がらみの銃撃戦で罪のない黒人の少年が命を落とした.ニューヨーク市長ジョン・パパスは、補佐官ケビン・カルフーンに事件の処理を命じる.一度は美談として市長の株をあげたかに見えたこの事件の陰には秘密が隠されていた.再調査を開始した補佐官ケヴィンが政界の知られざる腐敗を暴く….

 ューヨーク市長の座――1978年から1989年まで――にあったエド・コッチ(Edward Irving Koch)は,ユダヤ系だった.「同性愛に対する差別の根絶」を政策に掲げ,クリーンなリベラル派のイメージを打ち出していたが,ユダヤ系の部下の汚職により,コッチの4度目の当選は阻まれた.本作の脚本は,1983年から2年間,コッチの下で助役を務めたケン・リッパー(Ken Lipper)のオリジナル.リッパーは,「ウォール街」(1987)の原作も手がけている.

 本作の老獪なニューヨーク市長パパスは,1980年代政界に台頭したユダヤ系実力者をモデルにした人物.「男の名誉と連帯」を意味するイディシュ語“メンシュカイト”を信条としていることからも明らかであろう.腹心を抱きこみ,次期大統領を虎視眈々と狙うパパスの腕に噛み付くのは,若き市長補佐官カルフーン.パパスの右腕,市長代理権を行使できる役職だ.正義の白と不正の黒,だが政治家はどちらでもないグレーに属する.

 カルフーンに言い含めるパパスは,ほかならぬ自分に言い聞かせて政治家の自我を保つ.理想や夢では乗り切れない波が政治にはある.虚心坦懐ではいられない悲哀を,政治手腕と引き換えに手に入れてしまった.ある意味で,パパスのキャリアは至極「正常」なのである.一時,ニューヨークは「ハイミー・タウン(ユダヤ街)」と揶揄されるほどだった.巧みな演説で聴衆を引きつけるアジテーターも,スキャンダルが露呈すれば脆くも失脚する.

 社会派の題材として魅力があるが,少々退屈な娯楽作の域を出ていない.弁護士役のブリジット・フォンダ(Bridget Fonda)の必要性があまり感じられないのもある.また,パパスに惚れ込み,ワシントンからわざわざ市長補佐官に転職したというカルフーンの展望がよく分からない.清濁併せ呑む政治家に転身する獰猛さを果たして,持っているのか.パパスを辞職に追い込むことで,カルフーンが得たであろう成長の果実が,いまひとつ明確ではない.説明不足が残念な脚本ではある.

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原題: CITY HALL

監督: ハロルド・ベッカー

112分/アメリカ/1996年

© 1996 Warner Bros. Entertainment Inc.