■「テッド・バンディ」ジョー・バーリンジャー

テッド・バンディ[Blu-ray]

 1969年,ワシントン州シアトル.テッド・バンディとシングルマザーのリズとは,あるバーで恋に落ちる.素晴らしい出逢いの一日から始まり,デッド,リズと彼女の幼い娘モリーの三人は,幸福を絵に描いたような家庭生活を築いていく.しかしその運命は一変.テッドが信号無視で警官に止められた際,車の後部座席に積んでいた道具袋を疑われて逮捕されてしまう….

 作のタイトルは,1970年代アメリカの7つの州で30人以上の若い女性を誘拐,強姦,殺害した殺人鬼テッド・バンディ(Theodore Robert Bundy)の裁判で裁判長が述べた言葉に由来している.裁判長は「犯罪は極めて凶悪,驚くほど邪悪,卑劣で,高度の苦痛を与えることを目的とした計画の産物だった」とコメントした.FBIが初めて"シリアルキラー"という言葉を使用した事件は,全米を震撼させた.この映画は,バンディの恋人エリザベス・ケンドール(Elizabeth Kendall)が1981年に発表した回顧録"The Phantom Prince: My Life with Ted Bundy"を基にしており,「こういった見た目や行動だけで,人を信じてよいのか?」と問いかけ「悪を行える人物に誘惑されるメカニズム」を描いている.

 1974年から78年にかけて7つの州で30人以上の女性を殺害したにも関わらず,当時バンディの凶悪なイメージは皆無で,むしろ彼の不可解な魅力が人々を引きつけた.この魅力がどのようなものだったのか,映画はリズ(エリザベス)の視点から描き出す.バンディには殺人衝動と社会的受容衝動の2つの葛藤があり,その中には狂気を孕んだ人間性の恐ろしい側面が浮かび上がる."America's Bloody History As The Serial Killer Capital Of The World"(The Ranker)によれば,過去116年におけるシリアルキラーの約68%がアメリカ人で,しかも白人男性が圧倒的に多いという.バンディは心の中で犯罪から,そして自身が犯罪者であることから完全に自分を切り離しているようで,まるで自分の中に「もう一人の自分」がいるかのように振舞った.

 映画は,人々が彼に惹かれた危うさ,警戒と嫌悪を抱くようにという意図をもって製作された.しかし,バンディが私生児として育った時代の社会的差別やアイデンティティ・クライシス,そして彼の犯罪に至る背景を掘り下げてはいない.収監中,彼がリズに対して執拗に連絡を取ろうとする様子も描かれるが,その真意や素顔,本性には謎が残る.バンディのような悪と一般人の境界がどれほど危険で不確かなものであるかを伝えるとともに,彼の関係者(恋人)であるリズの視点から事件を探求している.しかし,最後までなぜ彼女が殺されなかったのか,バンディがなぜ長らく逃れられたのか,リズとの関係に本当の愛があったのか,共感の欠如が彼に備わっていたのか,これらの疑問には一切答えがない.

 同様に,被害者についても何もわからないのが現実であり,映画はこの混沌とした境界に観客を引き込み,人間の倫理感と感情の間に潜む危うい領域を浮き彫りにしていくことに専念している.そのため,賛否が分かれた作品である.刑務所のシーンの一部は,オハイオ州南西部のクレルモント郡刑務所,レバノン矯正施設,さらにケンタッキー州北部ウィリアムズタウンで撮影された.この映画は,2019年1月26日にユタ州のサンダンス・フェスティバルで初公開された.偶然にもバンディ殺害事件が多発した州である.サンダンス映画祭は,フロリダでバンディが電気椅子で処刑されてからちょうど30年となる2019年1月24日に開幕した.

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原題: EXTREMELY WICKED, SHOCKINGLY EVIL AND VILE

監督: ジョー・バーリンジャー

109分/アメリカ/2019年

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