ごく普通の19歳の女子大生エミリー・ローズ.ある夜,彼女は突然恐ろしい幻覚に襲われ,凄まじい痙攣を引き起こす.自分に何かが取り憑いていることを確信した彼女は,医学ではなくムーア神父に自らの運命を託すことにした.しかし,悪魔祓いの儀式の後,エミリーは命を落としてしまう.やがて,起訴されたムーア神父の裁判が始まった…. |
日本のホラー映画と黒澤明の手法に影響を受けていると分かる描写が,いくつか見受けられた.たとえば瞳孔の異常拡大,霧の中を彷徨うエミリー・ローズの不憫さなど,参考にされている部分がある.とはいえ,題材は悪魔憑きとエクソシズムの対決というホラー映画の定石である.そこに法廷劇の要素をふんだんに盛り込んだ.1968年,悪魔に憑かれたと訴えた西ドイツの少女アンネリーゼ・ミッシェル(Anneliese Michel)の異常行動と1975年の死去を受け,不可知論者と超常現象を信じる者の論争,それを司法判断に委ねたという実際の事件.
「羅生門」(1950)のように多面的角度と回想形式で描かれる.だが,焦点をどうも絞りきれなかった印象が拭えない.悪魔祓いのためには精神薬の投与を中断するべきと主張する神父の判断が,エミリーの死を招いたという因果を導いたのか.そうだとすれば,神父はいかに裁かれるべきか,おそらくこれを物語の骨格にしたかったのだと推測する.ローラ・リニー( Laura Linney)の推薦によってエミリー・ローズ役に抜擢されたのは,ジェニファー・カーペンター(Jennifer Leann Carpenter).エミリーは回想シーンでしか登場しないが,主観的な恐怖体験は,ホラー特有の特殊効果を凌ぐほどカーペンターの怪演が鬼気迫る.
主観的な恐怖を煽る部分と,客観的に科学と司法での判断が下された裁判での経過とちぐはぐな印象になっている.カトリック司祭2名がミッシェルの悪魔祓いを行った結果,カイン,ネロ,ルシファー,ユダなど6体の悪魔がミッシェルに憑いていたと「断定」され,司祭の奮闘むなしく彼女は衰弱死する.救命の医学的処置を怠ったとして,両親と神父はその後起訴され,過失致死で懲役刑,執行猶予6ヶ月という判決を受けた.映画では,悪魔やスティグマータ(聖痕),アラム語の知識をエミリーが持っていたことを示す.つまり,超常現象とは片付けられない.
彼女が呈した症状には,てんかん症状,脳炎といった器質性精神症状が強く疑われるという.しかし法の立ち入りを躊躇せざるを得ない,またそうあるべきとの描写で幕を閉じることで,映画の立ち位置が曖昧なまま収束を図った観が強く残ってしまう.エミリーの主観を基軸に置いた徹底したホラー描写か,精神医学の見地からの検証を試みるセミ・ドキュメンタリーのいずれかのスタイルで明確化された方が正解だったかもしれない.
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原題: THE EXORCISM OF EMILY ROSE
監督: スコット・デリクソン
120分/アメリカ/2005年
© 2005 Screen Gems (presents),Lakeshore Entertainment,Firm Films