クリスマス・イブ,若いパイロットの操縦するヴァンパイヤ戦闘機が基地を飛び立った.故郷での楽しいクリスマスが待っている…事故は北海上空,高度一万フィートで発生した.すべての計器が止まったのだ.眼下は一面の霧の海.ヴァンパイヤは方向を失い,漆黒の空間を漂う無力な鉄の棺と化した.その時,霧の中から一機のモスキートが!救援機“シェパード”だった.表題作ほか2篇――. |
シャルル・ド・ゴール(Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle)暗殺未遂を主題とする傑作『ジャッカルの日』,元ナチス親衛隊隊員の救済組織オデッサに挑むジャーナリストの戦慄の追跡『オデッサ・ファイル』.フレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)は,デビュー2作で長編ポリティカル・スリラーの「名手」となる立場を獲得した.本書は,フォーサイスの数少ない短中編を収める.フォーサイスの着想の源泉と真髄は,自身の従軍体験,特別な情報源への取材等によって得られた迫真のディテール描写にある.
ロンドンの金融街シティに長年勤務する堅物ナトキンが,電車で拾った交際情報誌から,好奇心に抗えず「サリー」と名乗る女と火遊びしてしまう.そこから彼の悪夢が始まるが…(「ブラック・レター」).人生に倦んだ大富豪が全力で口説き落とそうとした人妻には,冴えない軍人の亭主がいた.彼女を掌中におさめるため,富豪は暗殺者を雇う…(「殺人完了」).クリスマス・イブの夜,ドイツから故国イギリスへ向った若い空軍パイロットは,交信不能の乗機トラブルに見舞われる.そこに突如現れたのは,一機の旧式救援機シェパードだった…(「シェパード」).
1961年にロイター通信記者になる以前,フォーサイスは英国空軍に入隊,指導パイロットを務めた時期があった.「シェパード」は私小説的な装い.離陸後37,000フィートまで上昇,速度485ノットで飛行するジェット戦闘機パイロットを締め付ける孤独,電気系統トラブルでインジケーターなど電気系機器がすべてダウンした際の恐怖,さらにイギリス・ノーフォーク海域で発生した濃霧が視界を覆い,地上燈火の視認が不可能になった絶望.その状況描写が無駄のない細密なプロットとなっており,3つの作品のラストは,それぞれニヤリとさせるようなひねりと遊び心が利いている.長編スリラーの重量感とはまったく違う,軽量級の作品たちだが,サスペンスの味は爽やかである.
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Title: THE SHEPHERD
Author: Frederick Forsyth
ISBN: 4042537057
© 1982 角川書店