■「ドアーズ」オリヴァー・ストーン

ドアーズ 【Blu-ray ベスト・ライブラリー プレミアム】

 ベトナム戦争での北爆やマルコムXの暗殺などでゆれる1965年,UCLAで映画を学んでいる学生のジム・モリソンは,ある日瞳のきれいな少女パメラに一目惚れし,付き合うようになる.ジムは詩を愛する青年で,その才能を評価するレイらとロックバンド「ザ・ドアーズ」を結成し,デビューする.ドアーズのライブは評判となり栄光を勝ち得たかに思えたが,当時のアメリカの世相を反映して次第に反逆のカリスマとして祭り上げられるようになるとジムの行動もエスカレートし….

 日したオルガニストレイ・マンザレク(Raymond Daniel Manzarek)は,本作を酷評して「バカ」と罵った.27歳で急逝したジム・モリソン(James Douglas Morrison)を取り巻く外縁,事実上の妻パメラ・カーソン(Pamela Susan Courson),あるいは,マンザレクを含む“ザ・ドアーズ”メンバーの存在感.いずれも本作では異常に薄い.「プラトーン」(1986),「7月4日に生まれて」(1989)に続き,60年代アメリカ3部作の完結編にあたる.

 画面を跳ね回るのは,カウンターカルチャーの申し子モリソン.そこには60年代のアメリカを象徴するロック・バンドを率い,UCLAで描いた詩人の夢,その残滓をバンド名「扉」の由来とした繊細な感性の男とは距離がある.マンザレクの激怒は,伝記映画といえど事実と違いすぎるモリソンを視るに堪えなかったからであろう.ドアーズの扉は,神秘主義と意識の拡張を求めたオルダス・ハクスリー(Aldous Leonard Huxley)『知覚の扉』.ハクスリーは,幻覚剤メスカリンの作用を借りて芸術,文明,ニューエイジ運動を活性化しようとした.

 モリソンのトラウマ的心象を先住民の不慮の死亡事故,荒涼の砂漠などで神秘主義の色付けを試みた本作は,ターゲットの内面を表現し切れていない.バンドの音楽史での位置づけを窺わせる描写も乏しく,ただ破滅的衝動で突き進むモリソンが焦点化されている.50年代に吹き荒れたマッカーシズムの余波が残る時期,反社会的メッセージも辞さないモリソンが受けた「抵抗」も割愛されている.ヒッピー・カルチャーの最盛期を迎えたサンフランシスコの動態が,ドアーズをいかに評価したかのパースペクティブはどこにあるのか.

 映画の総合力で見れば,ドアーズのヒット曲の挿入と60年代の空気感だけでは不備が残る印象.ヴァル・キルマー(Val Kilmer)の努力が出で立ちに現れた役柄としてのモリソンは悪くない.ただ,至近距離でパートナーを見守ったカーソンは,メグ・ライアン(Meg Ryan)の軽さとは相容れない.「糟糠の妻は堂より下さず」を往くカーソンは,痛々しく翳のある美人だった.その肉声も可憐で美しく,27歳で彼の後を追ったパートナーしか知り得なかった神秘の淵が必ずあったはずだ.少なくともそれを感じさせる,繊細な役者が必要だった.

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原題: THE DOORS

監督: オリヴァー・ストーン

141分/アメリカ/1991年

© 1991 STUDIOCANAL