■「大いなる遺産」アルフォンソ・キュアロン

大いなる遺産 [Blu-ray]

 田舎町に住む少年フィンは,資産家の美しい少女エステラと出会って以来,彼女に心惹かれている.しかし,淡い恋心は実ることなく7年の月日が過ぎ去った.ある日,画家を目指すフィンの元に,経済的援助をしたいという夢のような申し出が舞い込んだ.いったい誰が,何の為に….

 ギリス労働者階級が,貴族に背丈と歩幅を合わせようとするスノビズムの悲哀を描いたチャールズ・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens)の原作を,現代的アメリカに鞍替えした作品.貧しいが美貌と画才に恵まれたフィンと,脱獄囚ラスティグの運命的関係に,大きな変更は加えられていない.対照的に,男性全般への復讐のため,美貌の少女エステラを引き取り,男性を籠絡する存在に仕立て上げるディンズムア夫人の性格「変容」が甚だしい.

 若かりし頃,婚約者に手酷い仕打ちを受けたディンズムア夫人は,エステラに慈しみや憐れみを否定する価値観を植えつけた.そのようなエステラに,フィンが否応なく惹き付けられるよう仕向けたのは,ディンズムア夫人の「怨念」「怒り」.後年,フィンがいかに傷心で悶え苦しもうと,そのことでディンズムア夫人が悔悛することはないはずだった.映画では,自責の念を軽々と持ってしまうことがいただけない.彼女が現実に打ちのめされるのは,育ての親である自分を,成長したエステラが冷たく突き放した時のことである.

 フィンは砂上の楼閣としての立身出世に自分を見失い,恩義ある養親ジョーを蔑ろにした.その点ではエステラと同様だが,エステラにディンズムア夫人という後見者がいたように,フィンにも蔭から彼を支える後見者がいたのである.フィンの成長,才能の輝きと成功を心から願った「存在」は,フィンの内面に備わった「財産」を正当に評価する者.空洞化したエステラの精神には,それが皆無.2人の決定的な違いである.

 莫大な遺産を匿名で寄付されるフィンには,転変する運命の中でも色褪せない感性がある.それは,ディンズムア夫人とその「作品」には,決して持ち得なかった「大いなる遺産」.エステラとディンズムア夫人にも,それなりの人間性があることを描いた本作は,物語の本質を歪めてしまったというほかはない.ただ,グリーンを基調とした数々のオブジェ,グウィネス・パルトロー(Gwyneth Kate Paltrow)の妖しくも清潔感に溢れた美しさは一見の価値がある.フィンがアトリエで全身全霊を傾けて没頭する絵画は,プリミティヴな画風で知られるイタリアのフランチェスコ・クレメンテ(Francesco Clemente)の手による.

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原題: GREAT EXPECTATIONS

監督: アルフォンソ・キュアロン

110分/アメリカ/1998年

© 1998 Art Linson Productions,Twentieth Century Fox Film Corporation