■「サルバドールの朝」マヌエル・ウエルガ

サルバドールの朝 [DVD]

 1970年代初頭,フランコ独裁政権下のスペイン.自由を愛し正義感にあふれた青年サルバドール・ブッチ・アンティックは,世の中を変えたいという純粋な気持ちから無政府主義グループに参加,反体制活動に関わるようになる.そして,活動資金を得るために銀行強盗にも手を染めることに.やがて警察に追い詰められた彼は,激しい銃撃戦に巻き込まれ,不運にも若い警官を射殺してしまうのだったが….

 州における「政治の季節」は,1960年代から1970年代“若者の反乱”が一陣の旋風となって記憶された.スペインのフランコ政権の独裁が倒れる1年半前,不当な裁判経過と判決により死刑が執行されたサルバドール・プッチ・アンティック(Salvador Puig Antich).遺族は,現在も再審請求をしているという.労働者階級のアイロニーを切実に理解していたとは思えず,学生運動の延長で強盗を繰り返していたサルバドールには,「警官殺し」の罪で見せしめ的に“死”が言い渡される.

 国家権力の絶対的な仕組みと声によって.マヌエル・ウエルガ(Manuel Huerga)は,サルバドールの短い人生の帰結を「合法的な暗殺」と総括した.しかし,本作をドキュメンタリーには仕上げなかった.シナリオを重視した物語として完成させている.スペイン映画では破格の700万ユーロを投じた理由は,数多くの観客を呼び込む映画を作りたいがためだった.ドキュメンタリー・タッチでは観客層は限定される.

 映画の前半は,血気盛んな若者たちの反体制運動,後半は判決を受け,投獄されてからのサルバドールの苦悩と,彼を救出するための家族の奔走と区分される.政権下にあって,弁護側の主張がほとんど受け入れられない裁判の不条理に,サルバドール擁護側の戦略がどう対抗したかは曖昧にぼかされている.国家権力は,個人を抹殺することができる.それが独裁体制でなくとも可能であることに,異論の余地はあるだろうか.

 サルバドールの命を奪った処刑術は,「ガテーロ」と呼ばれる鉄環絞首刑であった.万力の原理で受刑者の首を締め上げ,首の骨をへし折るという残虐なものだ.事実の再現性を忠実に守るがごとく,サルバドールの断末魔のもがきが冷徹に描かれている.1978年に制定されたスペイン新憲法は,民主主義の基本原則と個々の基本的権利の保護を規定している.死刑制度はスペインの法体系から事実上廃止され,EU加盟の絶対条件――政治的基準――を満たした.

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原題: SALVADOR

監督: マヌエル・ウエルガ

135分/スペイン=イギリス/2006年

© 2006 Future Films,Mediapro