▼『黒地の絵』松本清張

黒地の絵 傑作短編集2 (新潮文庫)

 朝鮮戦争のさなか,米軍黒人兵の集団脱走事件の起った基地小倉を舞台に,妻を犯された男のすさまじいまでの復讐を描く「黒地の絵」.美術界における計画的な贋作事件をスリリングに描きながら,形骸化したアカデミズム,閉鎖的な学界を糾弾した「真贋の森」.他に,一画家のなにげない評伝から恐るべき真実を探り当てる「装飾評伝」など7編を収める――.

 史の真実を探り当てる眼光紙背に,類稀なる想像力.芸術家の美意識を,松本清張は充足感や英気よりも「儚さ」「煩悩」に強い関心をもって描いた.それは評伝にも認められるが,創作小説にも現れている.また,陰惨な初期短篇集の中でも,表題作「黒地の絵」の生々しさは突出している.平野謙(解説)は,衝撃的な重さをまだ十全に処理していない憾(うら)みがあると述べている.

 古美術の造詣と美術学界での出世の比例関係にあらざる無念(「真贋の森」).画業で名を成した者と,その人物を批評することで知られることになった者への理解(「装飾評伝」).小倉市の米軍キャンプから脱走した250人の黒人兵が,近隣の住民を恐怖と憎悪に突き落とした狂気(「黒地の絵」).全7篇.

 文体の簡明さ,ポピュラリティの点で清張は菊池寛と類似していると平野は続けているが,その妥当性はかなり疑わしい.プロレタリア文学の表現しきれなかった民衆の心理,生き様を扱い得たところに清張の功績がある,とした伊藤整の観点のほうが遥かに説得的.本書に収録された中・短篇は,結末で刹那の驚嘆をもたらすものが多い.悲劇や怨念が緊密に交差し散華する手法である.

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原題: 黒地の絵

著者: 松本清張

ISBN: 9784101109039

© 2003 新潮社