▼『徐兄弟 獄中からの手紙』徐京植編訳

 徐兄弟獄中からの手紙―徐勝,徐俊植の10年 (岩波新書 黄版 163)

 日本に生まれ育った二人の韓国人が,一九七一年,祖国留学中に突然「北のスパイ」として逮捕された.弟の徐俊植氏は八八年,兄の徐勝氏は九○年にようやく釈放されたが,彼らの獄中の日々を支えたものは何か.京都の母や妹あて書簡を末弟の眼で編んだ本書は,苛酷な青春を強いられながら真摯に生きようとする精神の軌跡として感動的である――.

 都で生まれ育った若き韓国人の兄弟は,ソウルの空港に降り立ったところを,突然逮捕された.1971年3月のことである.約一か月後,陸軍保安司令部によって事件は報じられた.2人は武装した20人の仲間からなる大学連合を組織した「北のスパイ」と断じられたのである.事件当時,徐京植と徐勝兄弟は,ソウル大学に留学していた.当局による厳しい拷問が開始され,2人は「自白」を強要された.

 1971年春,韓国は大統領選挙を控えた緊迫状態にあった.長年政権の座にあったのは,朴正煕に対する金大中.新時代の韓国は,独裁と民主主義のどちらの道を選ぶのか,また,南北統一か分断かという選挙戦が白熱していた.当時,朝鮮総聯活動家たちは「鳩を飛ばす」という隠語を用いて,対南工作を進めていたのである.韓国の監獄「矯導所」の場で,国家に翻弄された兄弟は,青春をすべて犠牲にして,朝鮮民族の行く末を占う激流に身を委ねることになったのであった.

 結局,弟の徐俊植は88年,兄の徐勝は90年まで出獄を許されなかった.著者の徐京植は,徐兄弟の末弟である.彼の手により,2人の兄から京都の家族に向けられた手紙が集約されて出版された.それが本書である.日韓朝という3つの地域と2つの民族を巻き込んだこの事件は,抑圧への抵抗や民族の矜持を喚起させるものと世論に迎えられ扱われたが,本書の手紙で入魂されているのは,人間の尊厳こそを失うまいとする精神的軌跡である.その知性の閃きと篤実さは,時代を超えてわれわれの胸を打つ.

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原題: 徐兄弟 獄中からの手紙

著者: 徐京植編訳

ISBN: 4004201632

© 1981 岩波書店