■「ヒート」マイケル・マン

Heat Director's Definitive Edition [Blu-ray]

 LA.大胆で緻密な手口で大きなヤマばかりを狙う冷徹なプロの犯罪者,ニール・マッコーリーとその仲間たちは,ハイウェイで多額の有価証券を積んだ装甲輸送車を襲った.新顔のウェイングローが警備員の一人を射殺してしまい,ニールは仕方なく口封じのためにほかの警備員も手にかけて逃走する.急報を受けた市警強盗殺人課の切れ者警部,ヴィンセント・ハナが陣頭指揮に当たり….

 顧めいた印象をいえば,アクターズ・スタジオ芸術監督リー・ストラスバーグ(Lee Strasberg)亡き後,役柄に取り組む俳優の創造性を証してみせ,強い印象を残す稀有な作品の1つだった.メソッド俳優術の体得者は,尋常ならざる役作りと表現を通じ,人生の「真実」を暴く.それは,役柄にまつわる徹底的なリサーチを厭わず,時に身体的・心理/内面的改造にも挑む彼らの信条――演技のパフォーマンスは,役者がどれだけ与えられた役柄の人生を追体験できるかという部分――にかかっている.古典的な表現主義とは概念を異にする演劇アプローチをストラスバーグから厳しく指導された俳優たち,中でも50代前半の壮健で気力に満ちた時期のロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro),アル・パチーノ(Alfredo James “Al” Pacino)が演じる「冷徹なプラグマティスト」犯罪者マッコーリーと,「灼熱の癇癪と異常な"粘り"」をもつ刑事ハナ.

 2人は,道を究めた者のみがもつ"異常嗅覚"で相手の実力を嗅ぎ合い,瞬時に好敵手と判断する.かつ,相手も同様に,自分を的確に推量していることを自覚するのだ.職業も人間的タイプも対極に思える互いが,自らに非情な掟を科し身命を賭すプロフェッショナリズムを負う点では同じ穴の狢,それを示し合わせたかのように理解し,宿敵と認識するアイロニー.メソッド俳優の面目躍如とは,彼らのことをいう.実際,マッコーリーとハナは合せ鏡のような存在で,生半可な敵に対する感度はもたない.それを深いレベルで把握し,名優2人に期待したマイケル・マン(Michael Mann)の慧眼は特筆される.物語を動かす人物とは,スクリプトに書き込まれていない場面ではどう判断し行動する人間なのか.その想像力が演技の創造性を産み,それには役者自身の徹底的なリサーチが欠かせない.この観点での映画製作手法を監督が軸としてもったゆえに,あらゆる歯車が噛み合った出来栄えとなったのである.

 主演2人だけでなく,マッコーリー配下の個性的な面々,ハナの家庭内軋轢,2人がそれぞれ愛した女性たち――彼らの人生は決して敵対者に交わることはないが,ある意味で愚かしい生き方しかできない2人に否応なく魅せられ,各自の人生が苦悩をもって大きく転回する.オープニングの地下鉄駅(マリン・レドント)に到着する列車の静謐な美しさ,ハナとマッコーリーの人生を総括するラストと対照性を音楽で見事に表現したモービー(Moby)《God Moving Over The Face Of The Waters》.クライム・サスペンスとして,12分に及ぶロサンゼルス市街地銃撃戦の場面は,イスラエル製IMI Galil ARM,ベルギー製FN FNCなどのアサルトライフルのオートマチック射撃が本格的に描かれる.実際の銃声音をマスタリングするだけでなく,残響音や薬莢の射出音までもを再現する徹底ぶりで,この年代の映画技法としても類を見ないこだわりである.

 クライマックス撮影環境の僥倖にも恵まれた.夜間のロサンゼルス空港の撮影が許されたのは,本作が初で,機体整備のために封鎖される滑走路の一部を利用することが特別に許可された.ボーイング747が発着する数分間隔のライトアップに照し出され,本質的には同類で共鳴しあうマッコーリーとハナの美意識が炸裂するラストシーンが見事に収められたのである.空港規制の法規措置により,このような撮影はもう認められることはない.まさに,映画製作の粋を極めたような好条件がいくつも重なり合い,化学反応をもたらし結晶化された映画なのだ.年月の風化を超克する条件を備えた紛れもない傑作である.

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原題: HEAT

監督: マイケル・マン

171分/アメリカ/1995年

© 1995 Warner Bros.