インドのシク教総本山にあたるハリマンディル・サーヒブ〈黄金寺院〉では,巡礼者や旅行者のために毎日10万食が無料で提供されている.そこは宗教も人種も階級も職業も関係なく,みなが公平にお腹を満たすことができる「聖なる場所」だ.想像すらつかない沢山の食事は,毎日どのように用意されているのだろうか?スクリーンに映し出されるのは,驚くべきキッチンの舞台裏と,それに関わる人々の一切無駄のない神々しい手さばき.もちろん,近代的な調理器具は使わず,全てが手仕事で行われている…. |
インド北西部パンジャーブ州の都市アムリトサルにあるハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院).主にパンジャーブ地方の人々を中心に信仰されるシク教は,ヒンドゥー教のバクティ信仰とイスラームを批判的に融合した宗教で,唯一神への献身を説き,儀式や偶像崇拝を禁じ,カーストや出家を否定する.シク教の究極の目標は,輪廻から解脱し神と一体化することであるが,儀礼や修行にはほとんど価値を置くことはない.
黄金寺院はシク教の総本山であり,その中にあるグル・カ・ランガル(共同食堂)は,500年以上にわたる社会奉仕事業であり,「宗教,カースト,肌の色,信条,年齢,性別,社会的地位に関係なく,すべての人々は平等である」というシク教の教義を具現化している.イギリス支配時代,令状なしの逮捕,裁判抜きの投獄を認める1919年「ローラット法」に反対した400人のインド人がイギリス軍によって虐殺された惨事や,1984年当時の首相インディラ・ガンディー(Indira Priyadarshini Gandhi)に対するシク教徒過激派による反政府運動の制圧で数百人が犠牲になった「ブルースター作戦」でも,グル・カ・ランガルは機能し続けた.
シク教はカースト制を否定しているため,最も重要な側面はすべての差異を超えた平等である.一緒に礼拝をする老若男女,階級,人種などわけ隔てなく無料食のメニューには,毎日10万食以上が提供され,豆カレー,チャパティ(薄焼きのパン),ライタ(ヨーグルトの中に刻んだ野菜入り),サブジ(野菜のスパイス合え),ヨーグルトサラダなどが含まれている.これらの食事はすべて寄付によって賄われ,訪れる観光客も入場ルールを守れば区別なく受け入れられる.
料理に関わるボランティアはすべて無償で働いており,にんにくやじゃがいもの皮を剥く,巨大カレーの大鍋をかき混ぜる,食後のプレートを一斉に洗って拭く,水を運ぶ,来訪者の靴を磨く,床を清掃する――様々な作業が見事に秩序を保って分業化されている.共同食堂は,宗教や社会的な差異を超えて,無償の労働によって支えられている.金色に輝く寺院では,輪廻と食をめぐるエネルギーが満ち溢れ,その美しさと強固な連帯が優れたドキュメンタリーとして記録されている.余計な音楽やナレーションがないことも,この場の神聖さを引き立てていて素晴らしい.
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原題: HIMSELF HE COOKS
監督: フィリップ・ヴィチュス
65分/ベルギー/2011年
© 2011 Polymorfilms