■「月に囚われた男」ダンカン・ジョーンズ

　近未来――地球の資源は底をついた．宇宙飛行士のサムはエネルギー源を月より地球へ送るため，ルナー・インダストリーズ社よりたった一人で派遣されていた．月での生活は，毎日決まった時間に起き，ランニングマシーンに乗り，ヘリウム3を採掘するだけの日々．話し相手はコンピューターのガーティだけ．地球との交信は衛星の故障によりできず，録音したメッセージをやり取りするのみ…．

　監督ダンカン・ジョーンズ（Duncan Jones）の実父は，「メジャーなカルトヒーロー」の異名をとったデヴィッド・ボウイ（David Bowie）．ボウイが「2001年宇宙の旅」（1968）をモチーフにして，アルバム《Space Oddity》を制作したのは1969年．ちょうど40年後，ジョーンズが手がけた本作は，500万ドルという低予算ながら，父がモチーフにした映画にオマージュを捧げるSF映画となっている．舞台は，月面空間が99％を占める．

　地球から38万4,400キロ離れた天体でも，人間サムを縛り付けていたのは巨大資本をもつ企業であるという搾取と階級の構造．SF映画の骨格は決して斬新ではないが，正当な手順を踏んで展開を見せていく．人工知能コンピュータ“ガーティ”を音声だけで演じたケヴィン・スペイシー（Kevin Spacey）のバスバリトンもいいが，孤独な世界で三人の“サム”を演じ分けたサム・ロックウェル（Sam Rockwell）が好演．自分とまったく同じ記憶をもつ人間が多数いるという事実を突き止め，しかも同胞が何体も貯蔵されている．以下ネタバレ．

　愛する家族の記憶すら，幻影である．サムが示している症状とその発症時期は，彼が急性放射線中毒に苦しんでいることを示している．頭痛，出血，貧血，めまい，発熱――クローンを大量の放射線にさらすことで病気を引き起こしていることを示唆するものだ．絶望をフィーチャーする「ルナ産業」は，韓国系企業という設定がユニーク．サラン（愛），アンニョンヒガセヨ（気をつけて行っていらっしゃい）という言葉が唐突に飛び出してくる意外性は，英国映画には確かに珍しい．

　ジェトロ広州事務所の調査によれば，「購入したい商品の原産地」は日本，中国，アメリカ，ドイツに次いで韓国製が人気となっている．日本の高品質には及ばないが，韓国の柔軟な価格設定，市場に合った商品開発が存在感を高めているのは軽視できない．本作でも，韓国と米国間で共同の月面運用が行われている．サムの目覚まし時計から流れる曲は，チェズニー・ホークス（Chesney Hawkes）の歌《The One and Only》．皮肉なことに，映画の始まりとなったサムはクローン#5，最終的に地球に逃れる新しいサムはクローン#6である．

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原題： MOON

監督：ダンカン・ジョーンズ

97分／イギリス／2009年