▼『カフカ寓話集』フランツ・カフカ

カフカ寓話集 (岩波文庫)

 迷路のような巣穴を掘りつづけ,なお不安に苛まれる大モグラ.学会へやってきて,自分の来し方を報告する猿‥‥死の直前の作「歌姫ヨゼフィーネ」まで,カフカ(1883-1924)は憑かれたように奇妙な動物たちの話を書きつづけた.多かれ少なかれ,作者にとっての分身の役割を担っていたにちがいない,哀しく愛しいかれら――.

 義的解釈の極致ともいえる佳篇の数々は,いわゆる合理性・整合性とは徹底して無縁である.その主題は印象主義や不条理文学の考察対象となり,不可解ながらも独特の魅力で読者をとらえて離さない.フランツ・カフカ(Franz Kafka)が生前に公刊したのは,『変身』『観察』『田舎医者』3つの短篇集だけだった.カフカが自分の人生を寓話とし,原型として把握したことで,寓話の主題は現代における基準の喪失,この世の苛酷さ,人間の生の不安となった.微細でリアルな描出は,一部表現主義にも近く,シュルレアリスムにも影響したが,諧謔と逆説を伴いながら,自我の緊張の総体を形象化していく.

 われわれは,カフカの友人で文芸・音楽評論家であったマックス・ブロート(Max Brod)に感謝しなければならない.生前に発表された短篇は,その大半が1915年から結核の喀血の前後の1917年にかけて「錬金術通り」の部屋やシェーンボルン地区の一人部屋で執筆されたと考えられている.カフカがこの世を去る際,彼は草稿,メモ,書簡類も含めて自作のいっさいを焼き捨てるようにブロートに頼んでいた.しかしブロートはその願いを無視して,『審判』『城』『アメリカ(失踪者)』などを世に送り込んだのである.

 当時すでに詩人として文名が知れ渡っており,出版業界に顔が利くブロートならば,自分の死後に出版することをカフカも確信していたであろう.第一次世界大戦前のオーストリア・ハンガリー帝国治下の旧ボヘミアの首都プラハで人生を完結させたカフカの文学解釈は,シオニズム的立場のものと,実存主義的なものとに分かれる.しかし,著作のすべてが寓話的であり,幻想的で不明瞭な事象を蓄積させる魔術的ロマンス,比喩と倒錯を駆使したドグマが多様に見出されるために,明確な境界を引くことは困難である.

 ヨーロッパ市民文化の極限的な内省の可能性を示した世界観により,カフカの作品は不透明さを孕みながら,残酷な現代社会の深部に触れながら自己疎外に陥った人間の存在を追究した.プラハ市内中心部から離れた所にある新ユダヤ人墓地に,父母と共にカフカは眠っている.その下には刻板がある.第二次世界大戦中にナチス強制収容所で殺害されたカフカの3姉妹に捧げられたものである.カフカ1924年6月3日,結核療養のためウィーン郊外キールリングのサナトリウムで死去したので,ナチスの迫害を受けることはなかった.

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Title: -

Author: Franz Kafka

ISBN: 9784003243848

© 1998 岩波書店