■「レ・ミゼラブル」ラジ・リ

　パリ郊外に位置するモンフェルメイユ．ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は，いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた．犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは，仲間と共にパトロールをするうちに，複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する．そんなある日，イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展．事件解決へと奮闘するステファンたちだが…．

　ロマン主義文学の指導者ヴィクトル・ユーゴー（Victor-Marie Hugo）畢生の大作『レ・ミゼラブル』から157年後のフランス．物語は，パリ都市圏の80%が住む郊外のひとつモンフェルメイユで繰り広げられ，フランス大都市郊外ゲットーの混沌をリアリズムをもって描き出す．セーヌ=サン=ドニ地域はフランスで最も貧困率が高く，民衆の救済は暗澹たる現実に直面している．移民規制を掲げ，欧州連合（EU）からの「主権回復」を訴える右翼国民戦線（FN）党首マリーヌ・ル・ペン（Marion Anne Perrine Le Pen）の痛烈な非難によれば，この地域は「統制の及ばない無法地帯」とされ，犯罪や闘争が絶えない状態であり続けている．

　新しく犯罪防止班に着任した若い3人の警官は，麻薬密売，売春，違法カジノが横行し，住民が私服警官を逆に監視するという厳しい状況に直面する．イスラム教信者の説教者や地元ギャングのリーダーたちが秩序を押し付け合い，治安は危うい均衡をかろうじて保っていた．1998年サッカーW杯の歓喜と多文化共生の成功――フランス代表チームは「ブラック（黒人）・ブラン（白人）・ブール（アラブ人）」チームと呼ばれた――その一方，翌日には再び移民系とフランス人との分断が起き，それがゲットーの日常となっていた．監督ラジ・リ（Ladj Ly）はマリ共和国移民二世，モンフェルメイユ出身．彼が育ったレ・ボスケ団地は貧しい移民や無差別犯罪者，非行少年，無目的な子供たちで溢れていた．

　モンフェルメイユの隣町クリシー＝ス＝ボワで北アフリカ出身の３人の若者が警察に追われ，逃げ込んだ変電所で２人が感電死したことがきっかけに発生した暴動は「黄色いベスト運動」に至り，住民は警察の暴力により常に監視，悪者扱いされ，抑圧された感覚の中で生活している．住民も警官も被害者となるこの体制に関して，本作は，共和国フランスが最も重視する「社会連帯」に対して肯定的または懐疑的なアンビバレントなメッセージを衝撃的に投げかける．白人警官と地域住民代表の市長との複雑な関係を描き，彼らは憎み合いつつ互いに必要とする「協定」がある一方で，警官は地域住民との間で妥協せざるを得ない緊張が継続している．この作品は単なる警察の失態や腐敗を越えて，ゲットーの不祥事とその糾弾を通じて，フランス社会が抱える正義の不均衡をリアルに描くものだ．

　ラジ・リは，ゲットーで頻発する警官の過剰な武力行使の場面をデジタルカメラに収める活動を続け，本作もそれらの事件から着想を得ている．ワールドカップ勝利の歓喜，新しい警官に対する住民の威嚇，ドローンの飛行，サーカスから盗まれたライオンまで，すべて実際の出来事だという．武装した住民同士と警察の衝突する緊迫場面には，ストリート・アーティストJR（ジェイアール）が撮影した"Portrait of a Generation"シリーズの巨大ポスターが鮮烈に登場し，共和国の見捨てられた地で葛藤する人々の姿や状況を銃のように構えたカメラが記録し続けるのだ．市長のTシャツには，モンフェルメイユがあるセーヌ＝サン＝ドニ県/地域を示す"93"という数字が描かれている．3人の若い警官の上司で長官は3人を"2Be3"と呼んだ．フランス人によって「自由になる」と発音されたこのボーイバンドは1996年に結成され，ロンジュモー (パリ郊外) 出身の3人の友人で構成されていた．

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原題： LES MISERABLES

監督：ラジ・リ

104分／フランス／2019年