ポルトガル・リスボンから保養地アルガルヴへ向かう列車内.主人公マカリオは隣りの席に座る見知らぬ婦人に,自身の衝撃的な恋愛体験を語り始める.彼は会計士として,叔父のフランシスコが営む洋品店で働いていた.ある夕方,2階で仕事をしながら外を見ると,通りをはさんだ向かいの家の窓辺に扇を手にしたブロンドの少女が現れた.マカリオは一瞬にして,その少女ルイザに恋し,焦がれるようになる…. |
ポルトガル文学の自然主義リアリズムの始祖エッサ・デ・ケイロス(José Maria de Eça de Queiroz)の短篇『ある金髪女の奇行』を,齢100に達したマノエル・ド・オリヴェイラ(Manoel de Oliveira)が現代的に脚色した.完成作には,古色蒼然とした劇の醍醐味があり,暗喩のうちに瑞々しさを思わせる熟成と達意が溢れている.レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)の明暗の対比を思わせるブロンド少女ルイザの「奇行」は,そのミステリアスな妖美さと相俟って幻惑的.
何も「過激」な要素を強調するものではないが,羽毛に縁取られ龍が描かれた扇子を手にし,可憐のなかに潜む媚態を確信させる事件に至るまでの運命譚という魅惑.叔父の高級ハンカチーフの行方.カードゲームのチップの所在.「お願い,ぶたないで」と繰り返す擦れた哀願――時を知らせる自動仕掛けの鐘の響きやカーテンの揺らめきに,人生の測りがたい悔いが隠されてしまう.リスボンから南の保養地アルガルヴに向う列車で,青年会計士マカリオが行きずりの婦人に語る失意の物語.その顛末は,ホメーロス(Ὅμηρος)「人間は幸福よりも不幸のほうが二倍も多い」という厳しい箴言を思わせる.
妻にも,友人にも言えないような話は,見知らぬ人に話すべし.テージョ河に注ぐリスボンの丘の朝や夜の風景が浮かんでは消え,アルガルヴに向う車窓の光景が流れ去るように,できることならば忌まわしい記憶も払拭されればよいのに――.デ・ケイロスが作ったという会員制サロンの集いで披露されたクロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)《アラベスク》.またフェルナンド・ペソア(Fernando António Nogueira de Seabra Pessoa)「羊の番人」の朗誦.エレガンスに佇んでいたと信じたルイザの奇行に,マカリオは動転し了解する.
淡々とした64分という短さの末に訪れる,呆気に取られるラスト.それが何とも濃密な後感を残す.暗い部屋,鳴りしきる午後の鐘の音の中にうな垂れるルイザは,これまでの描写と打って変わり下劣な内面を猛烈に醸し出している.幾多の映像の美しさに対する寒々しい醜さを,等価で描いたド・オリヴェイラの感性の奥深さが,ぐいと凄んでみせる映像譚といえよう.ホメーロスは『イーリアス』で述べた.
過ぎ去りしことは,過ぎ去りしことなれば,過ぎ去りしこととして,そのままにせん
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原題: SINGULARIDADES DE UMA RAPARIGA LOURA
監督: マノエル・ド・オリヴェイラ
64分/ポルトガル=スペイン/2009年
© 2009 FILMES DO TEJO II,LES FILMS DE L’APRES-MIDI,EDDIE SAETA SA