ネイサンは,ニューヨークの法律事務所に勤める敏腕弁護士.幼い息子を突然の病で亡くした彼は,そのショックから立ち直ることができず,妻と娘を遠ざけて仕事に逃避する日々を送っている.そんな彼の前に現れた医師のジョセフ・ケイ.次々と人の死を予見するケイの不思議な力を見たネイサンは,自分にも死期が迫っていると直感.ニューメキシコにいる家族に会いに行き,別れた妻との絆を取り戻そうとする…. |
死に抗う学問の徒,長く医療の実践者であったと思しき男が,他者の死を予見しメッセンジャーの役割を果たす.ギヨーム・ミュッソ(Guillaume Musso)の原作は,医師ケイのスピリチュアルな面を強調していた.ジル・ブルドス(Gilles Bourdos)は,原作のイニシエーションに惹かれつつ,何をも凌駕する「死」の圧倒性を,人の営為に対極的に位置づけた.非常にシンプルな命題である.
死に向き合うことなく,生の尊さを実感することはできず,自覚したときには死が間近に迫ってきている.その「定め」から逃れることは不可能.冷徹な不条理の中を人々は生きることを主張するため,幾人もの絶命シーンは衝撃的に描かれる.尊厳ある死は,本来,粛然たる生の終止符であるべき事象であるが,現実には,拒絶・怒り・受容・希望といった「死の過程」を過不足なく踏むことは至難.
5段階の死の受容過程を提唱したエリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Kübler-Ross)さえ,自己の死の過程を獲得するに円滑さを欠いたのだ.ターミナルケアで得られた所懐と,人の「死相」を視るという特異能力を包含するケイのメッセージ.ジョン・マルコヴィッチ(John Malkovich)の呪文のように妖しく響く声は,神の啓示,あるいは死神の囁きのようにも聞こえる.ネイサンの妻クレアが熱心に撮影する月下美人の花は,年に一度,一晩だけ咲き誇る.
月下美人を死にゆく人の人生と重ね合わせる手法は,平凡過ぎるが,儚い美しさは忘れがたい.死に直面した当事者だけでなく,重要な他者との齟齬をいかに打ち消すかを本作は重視し,ネイサンの人生の甘美な場面は,すべて回想として登場させている.その記憶と調和する時間の過ごし方を,ケイとの関わりでネイサンは学んだ.身近すぎると確信されがちな家族に,思いを馳せることの難しさが後に募る.
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原題: AFTERWARDS
監督: ジル・ブルドス
107分/ドイツ=フランス=カナダ/2008年
© 2008 FIDELITE FILMS - AFTERWARDS PRODUCTION INC - AKKORD FILM PRODUKTION - WILD BUNCH - M6