■「96時間」ピエール・モレル

96時間 [Blu-ray]

 18歳のアメリカ人少女キムが,初めての海外旅行で訪れたパリで何者かに誘拐された.偶然にもその事件のさなかにキムと携帯電話で話していた父親ブライアンは,命よりも大切な娘を襲った悪夢のような出来事に,ずたずたに胸を引き裂かれる思いを味わう.しかし,政府の元工作員として幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼は,冷静さを失ってはいなかった.追跡可能なタイムリミットは96時間….

 雑な要素をすべて取り除いた大ヒットは,世界中で平然と続いている卑劣な行為に対するフラストレーションの憂さ晴らし以外の何物でもない.くだらなくて予測可能な結末もない.前提の愚かさについていえば,殺人発生率がフランスよりアメリカの方が3.6倍も高いのに,ヨーロッパを危険と描くのはひどい皮肉.映画の後,何人かのアメリカ人の親が危険性を警告してくれたと主演のリーアム・ニーソンLiam Neeson)に感謝し,今後は子供たちのフランス旅行は許さないと述べたという.

 それでも,ゼノフォビア(外国人嫌悪)でレイシストと主張する人々にとっては,映画の舞台はどこかでなければならないし,悪役は誰かでなければならない.映画の冒頭,空港で彼女たちの計画を知ったブライアンが持っている地図は古いヨーロッパの地図――おそらく1992年以前のもの――で,現在は解体されたチェコスロバキアユーゴスラビアがはっきりと確認できる.チェコスロバキアは1993年にチェコ共和国スロバキア共和国の2つの独立国に分離,ユーゴスラビアは1992年に解体された.

 元特殊空挺部隊SAS)兵士ミック・グールド(Mick Gould)は,ニーソンに戦闘と武器の取扱い技術を訓練して役に取組ませた.使用した武術スタイルは,柔道,合気道柔術を取り入れたハイブリッド武術である.ブライアンは娘を取り戻すために,35人を殺した.ニーソンはアクション・スターとしては凡庸だが,瞬く間に起こるセットピースで,絶対的な数の悪者と戦い,過酷な現実を捻じ伏せ,勝利する.電話口で誘拐犯に「娘を連れ去ったお前を必ず見つけて殺してやる」とブライアンが脅しをかけると,アルバニアの悪党は「幸運を祈る」といって電話を切った.

お前が何者なのかは知らない.何が目的かもわからない.身代金を望んでいるなら,言っておくが,金はない.だが,俺は闇のキャリアで身につけた特殊な能力がある.お前らが恐れる能力だ.娘を返すなら,見逃してやる.だが返さないならお前を捜し,お前を追い詰め,そしてお前を殺す

 必要不可欠なカーチェイス,銃撃戦,格闘戦,拷問,そして巧みなハッキング――奪われた娘を取り戻すためなら,どれほど危険を冒そうとも,極端な手段も辞さない.マーシャルアーツの見せ場に興奮し,同時に暴力描写の単調さに辟易する.芸術性もドラマもここでは一切無用,1980年代にスティーヴン・セガール(Steven Frederick Seagal),ジャン=クロード・ヴァン・ダム(Jean-Claude Van Damme)がテロリストたちを一網打尽にする爽快なスリルの既視感さえあれば満足できる.

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原題: TAKEN

監督: ピエール・モレル

93分/フランス=アメリカ=イギリス/2008年

© 2008 Europacorp - M6 Films - Grive Productions