▼『青春漂流』立花隆

青春漂流 (講談社文庫)

 一度は挫折し方向転換した若者たち.その大胆な選択が成功だったかどうかを語ることはまだ出来ない.何しろ彼らは,迷いや惑いの青春の真っただ中にいるのだから.自らも不安や悩みの放浪の旅から自己確立をしたという著者は,職業も種々な11人の若者たちと夜を徹して語り合う.鮮烈な人間ドキュメント――.

 学卒業後,文藝春秋に入社し「週刊文春」に所属が決まった立花隆は,配属について1つだけ希望を出した.自分は好奇心旺盛なため,どんな取材でも力を尽したいが,プロ野球の取材だけは御免こうむりたいというもの.学生時代から,野球だけは徹底的に無関心だった立花の懇願だったが,「あいつは生意気だ」と社員の反感を買い,プロ野球担当者を強いられた.2年後,立花は文藝春秋を退社した.文章で身を立てる意思を固めた時から,研究者の選択肢もあるにはあったという.しかし,徒弟制度で因循姑息な教授のカバン持ちをして,閉塞的な斯界で認められるための文章を書く生活には耐えられそうもなく,大学院という進路は当然に棄却された.

 五行説で青は「春の色」とされる.本書は,青年期の苦悩と葛藤に屈せず,独自の道を切り開きつつある(連載当時も現在進行形であった)11人の若者のインタビューから構成されたルポ.インタビュイーに対するインタビュアーの共感,知的昂奮が存分に伝わってくる点が魅力.【1】稲本裕(オーク・ヴィレッジ塗師)【2】古川四郎(手作りナイフ職人)【3】村崎太郎(猿まわし調教師)【4】森安常義(精肉職人)【5】宮崎学(動物カメラマン)【6】長沢義明(フレーム・ビルダー)【7】松原英俊鷹匠)【8】田崎真也(ソムリエ)【9】斉須政雄(コック)【10】冨田潤(染織家)【11】吉野金次(レコーディング・ミキサー).

一見いかに成功し,いかに幸せに見えても,それがその人の望んだ人生でなければ,その人は悔恨から逃れることができない.反対に,いかに一見みじめな人生に終わろうと,それが自分の思い通りの選択の結果として招来されたものであれば,満足はできないが,あきらめはつくものである

 青春時代において希望に満ち,活力が溢れることはむしろ稀.苦痛や失意と格闘しながら,模倣や依存心と訣別する歩みを踏み出せるかどうかが,その後の人生の分水嶺となったことが種々語られる.阿波の大滝岳,土佐の室戸岬,伊予の石鎚山,大和の金峰山などを遍歴し,24歳で大乗仏教の教えを説く『三教指帰』を著した空海をエピローグに持ってくるのは見事.空海は,31歳で遣唐大使藤原葛野麻呂遣唐使船に乗り込み,名もなき留学僧時代から当代随一の高僧へと「羽化」した.だが,24歳から31歳までの7年間,空海の足取りはまったく不明であるという.恵果から密教の伝授を受け,真言密教の第八祖を継ぐほどの資質を,どこで磨いたかも判然としない.

 ただいえるのは,何ものかを「求めんとする意志」が貫かれ,「謎の空白時代」に修業をした成果が,空海の膨大な密教の典籍,法典,文化の摂取と涵養に繋がったであろうということである.傍目には「謎の空白時代」とされる期間をもつことは,妥協を許さない人生の自己設計に少なからず寄与するのであろう.成功のための年輪を重ねるにつれ,その空白期間は,何にも替え難い財産となるに違いない.思春期,青年期に困惑し,立ち往生している人すべてに強く推したい名著.

青春とは,やがて来たるべき「船出」へ向けての準備がととのえられる「謎の空白時代」なのだ.そこにおいて最も大切なのは,何ものかを「求めんとする意志」である.それを欠く者は,「謎の空白時代」を無気力と怠惰のうちにすごし,その当然の帰結として,「船出」の日も訪れてこない.彼を待っているのは,状況に流されていくだけの人生である

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原題: 青春漂流

著者: 立花隆

ISBN: 4061842234

© 1988 講談社