江戸末期,難破した幕府の御用船からこっそり米を奪った漁師たち.村ぐるみの犯罪は完全に隠蔽され,平和な生活は続くかに見えたが,ある日一通の書簡が村に届く.難破船に隠されていた意外な事実が明らかになる時,想像を絶する災厄が村に襲いかかる.追い詰められた人間の破滅に向う心理に迫る長編歴史小説――. |
江戸浅草に御米蔵を建て,新造後7年以内の廻船を通じて諸国の廻米を収蔵する「御城米船」制度を,江戸幕府は1620年から開始した.公儀の船として年貢米の輸送を任じられた御城米船は,幟に「朱の丸」が描かれ,乗組員には保証人が必要とされた.海難事故によって年貢米を損じた場合,関係者全員が死罪とされるほど厳格なものであった.
1830年に三重県志摩半島の大王崎波切村で起こった史実を基に,年貢米を略取した「天神丸事件」.それに便乗し犯行を隠蔽した共同体の災禍を本書は綿密に描く.大王崎沖で行方不明となった御城米と,組織的犯行を知るという「何者」かに脅迫される波切村の騒動.2つの関連性に気付いた四日市陣屋の手代村木為作の推理は,明晰な論理で読み手を引きつける.
海事史研究家の著作により,廻船の知識を得た吉村昭は,波切騒動を収めた郷土史を求め,志摩半島の風俗,気象,行政,地勢を事件の背景要因として仔細に叙述した.事件発覚後,逮捕された波切村の村民343名,3名が獄門,6名が死罪,2名が遠島,13名が追放処分となった.拷問により衰弱死した者も数多く,幕府に対する冒涜は多大な代償を招いた.
廻米仕法を定めた幕府への反逆行為と解釈される事件であるが,海難事故を多発させていた大王崎沖に漂う“白米”という誘惑.それに抗うことのできなかった共同体の悲劇的歴史の中で,唯一創作された「弥吉」一家の存在が,小漁村の健気な誠意や良心を代弁している.
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原題: 朱の丸御用船
著者: 吉村昭
ISBN: 4167169355
© 2000 文藝春秋