学歴がないという理由で解雇された中年のラリーは,イーストバレー短期大学に入学し,学生部長からのアドバイスでスピーチと経済学の受講を決めた.スクーターで通学する内に,スクーター好きの女子学生・タリアや彼女の仲間とも友だちに.タリアの影響でオシャレに変身したラリーは,スピーチクラスのメルセデス・テイノー先生ともいい雰囲気になる.メルセデスはブロガーで作家の夫とケンカが絶えない日々を送っていた…. |
置かれた状況によっては,この手の映画はミヒャエル・ハネケ(Michael Haneke)の作品以上に気味が悪い.常に前向きであれ.社交的であれ.人と自分を信じよ――本作からのメッセージは,放縦な凡論に枕詞「常に」が付されて恥も外聞もなく繰り出される.製作・監督・脚本・主演のすべてを手掛けたトム・ハンクス(Tom Hanks)は,高校卒業後にカリフォルニア州ヘイワードのジュニア・カレッジに通い,カリフォルニア州立大学に編入した(後に中退).
彼がジュニア・カレッジで出会ったのは,年齢も経歴も異なる様々な人であったというが,基本的に入学試験免除の教育機関で,キャリアアップを目的とした老若男女が集うのは当然.「クラスのほぼ全員と友達になり,彼らの中でとても豊かな経験をした.それをもとにラリー・クラウンという人物を作り出した」とハンクスはいう.この発言以上に,映画で描かれるエピソードは軽薄そのもの.当時クラスに集った人々の人生観を敬い,本当に貴重な体験を共有できたのか疑わしい.
おそらく役者として成功を収めた今,美談として繕っているにすぎない.人々の背景としての傷みや苦痛,哀しみをこの映画全体はまるで汲み取っておらず,その努力もしていない.俳優として名声を得て,誰も表立って指摘はしないことだろうが,映画には軽率な欺瞞がはっきりと縁取られている.教育者としての資質に欠き,愚の権化として指導者ぶるメルセデスを演じたジュリア・ロバーツ(Julia Fiona Roberts)の「乙女心」は,不気味でしかない.
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原題: LARRY CROWNE
監督: トム・ハンクス
98分/アメリカ/2011年
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