▼『聖なる魂』デニス・バンクス,森田ゆり

聖なる魂: 現代アメリカ・インディアン指導者の半生 (朝日文庫 も 5-1)

 現代アメリカに生きるインディアンがアルコール中毒の犯罪者として,亡命・地下潜伏・逮捕そして投獄という嵐をくぐり抜け,北米大陸の先住民意識に目覚める.その権利回復・差別撤廃に立ち上がった彼は,インディアン運動の指導者として自立する.激動の半生を自ら語った“聖なる魂”の記録――.

 朴で温和な性質をもつインディオの虐殺を,キューバに赴き布教活動を行ったラス・カサス(Bartolome de Las Casas)は見た.西欧による地理上の諸発見の内実を告発するとともに,この告発によって当時の西欧におけるユマニスト精神潮流を証言.インディアスを植民地とするため,大勢のスペイン人キリスト教徒がエスパニョーラ島,サン・フワン島,ティエラ・フィルメに上陸した.スペイン人によるインディオ虐殺は,1542年『インディアスの破壊についての簡潔な報告』に克明に記録された.本書は,アメリカ合衆国連邦政府がインディアン管理の為に陸軍省内に設置したインディアン局(BIA)同化政策の実態と,民族的自立に向け対抗を続けたデニス・バンクス(Dennis J Banks)の実録.

 AIM(アメリカインディアン運動)を,クライド・ベルコート(Clyde Belcourt)らと率いたバンクスの自伝は,『ルーツ』で名高いアレックス・ヘイリー(Alexander Palmer Haley)や大手出版社が企画を本人に持ちかけたことがあった.しかし,バンクスの信念によって退けられてきた.「インディアン学校」では,言葉・宗教・生活習慣を厳しく禁じ,校内では虐待が慢性化していた.神父や牧師,シスターからの肉体的・精神的・性的暴力が蔓延り,労働者に同化し得る“生産的アメリカ市民”を育てることが名目化されていた.英語を操る人々がインディオの子孫の記録を恣意的に解釈し,同化政策の正当化を懸念したバンクスは,インディアン自治DQ大学で出会った日本人女性森田ゆりと共著で自伝を記すことを承諾する.

 1888年の一般土地割当法(ドーズ法)は,インディオ部族の共同所有する土地をインディオ個人及び家族に「割り当て」(160エーカー未満)することで,彼らの人口比総面積を僅少に留めるものだった.残りの土地は,政府が堂々と接収した.インディオが一般土地割当法以前に所有していた土地は約1億4,000万エーカーで,1887年から割当政策が破棄された1934年までに,実に約9,000万エーカーが「剥奪」された計算になるという.居留地から数百マイル離れた寄宿学校に強制収容され,祖先からのメンタリティーを圧殺された記憶は,永久に消え去ることはない.ラス・カサスの目撃したインディオ抹殺は,1969年のアルカトラス島や1973年のウーンデッドニー占拠等で“レッドパワー運動”のリーダーとなったバンクスの内的憤激となって,現在も歴史の淵にさまよう.

精神的であるということは宗教的であることとはちがう.それは人間と人間が,人間と自然が,人間と母なる大地が,ひとつの環(サークル)となって互いの生命を敬いつつ生きることに他ならない.インディアンは環の力を信じている.サークルは,地上に生きる全ての物が,互いに深くつながりあって生命を営んでいることの象徴である.それはどこまでも生を肯定する.だから私たちは,この生命のつながりの環が切れることのないように祈りを捧げるのだ

 バンクスが本書のタイトルに「聖なる」を冠することに執着したのは,これが「環」の崇高さを含意している言葉と受け止められたからであった.左翼系政治団体キリスト教マルクス主義.それらの救済は,AIM運動の加勢にはならない.ミネソタ州北部のオジブエ族リーチレイク・リザベーションで生を受けたバンクスには,入植者が動物を手当たり次第撃ち殺し,森林を焼き払い「環」を破壊した不信の念が,強固な価値観に組み込まれたということだろう.半生記の出版権をアメリカの出版社に売り渡すことは,祖先の苦難と運動の歴史に値をつけるということ.決して妥協してはならないとバンクスを諫めたのは,名優マーロン・ブランド (Marlon Brando).ブランドは映画出演料をAIMに供与したこともあり,ステレオタイプな「インディアン」を西部劇の悪役に仕立て上げててきた映画界に抗議したことで知られる.

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原題: 聖なる魂―現代アメリカ・インディアン指導者の半生

著者: デニス・バンクス森田ゆり

ISBN: 4022607661

© 1993 朝日新聞社