▼『死へのイデオロギー』パトリシア・スタインホフ

死へのイデオロギー―日本赤軍派― (岩波現代文庫 社会 84)

 閉ざされた集団の観念が,抑えのきかない凄惨な暴力をよび起こした.1960年代末,過熱する学生運動の中から誕生した赤軍派.本書は,同志粛清,あさま山荘へと突き進んでいったこの党派を社会学的に分析した秀作である.彼らはなぜ粛清という恐怖の淵に落ちたのか.信ずる思想はなぜ死へのイデオロギーと化したのか――.

 瞞的民主主義への対抗措置は,武装闘争しかありえないと信じた左翼理念は,残忍性と革新性の両立を図った時点で,暴力の排除に向かう国際合意とは距離を置かざるを得ず,大義の理解という活動の根幹を批判される.帝政ローマ記の著述家フラウィウス・ヨセフス(Flavius Josephus)は,紀元1世紀,ゼロット(熱心党員)というユダヤ人組織に所属するグループの殺戮行為を評して「殺戮そのものよりも恐怖を喚起させる混乱」が彼らの目的である,と看破していた.左翼革命運動家による反戦運動は,西側諸国で1960年代に大きな広がりを見せた.ベトナム戦争に反対する学生を中心に,反体制派グループが形成され,社会改革の名の下に暴力と粛清行為が正当化されるイデオロギーを獲得するのに,さほど時間を要さなかった.

 重火器を用いたテロと暗殺を駆使して反帝国主義の手により資本主義を打倒し,世界革命を遂行する目的を強弁する赤軍派の理論.新左翼運動の研究で著名なパトリシア・スタインホフ(Patricia G. Steinhoff)は,テルアビブ空港乱射事件で捕縛された岡本公三へのインタビューで重要な発言を引き出している.岡本は,既成社会の打倒後にいかなる価値観の社会が出現するか,それは予測困難と述べたのである.暴力革命で世界に衝撃を与え,世界のコミンテルンの連帯を強化する.しかし革命の目標は革命そのものにあり,以後の世界は予測できない――実体のないものに狂信する運動家の吐露は素朴であり,尚更に狂気を思わせる.

そのレトリックとめざした目標にもかかわらず,連合赤軍の『総括』の実体は,自供というものに抵抗するためというよりも,むしろ自供を促すために人びとを訓練してしまったようなものだった.総括の要求に抵抗しても無駄だったし,いったん暴力がその過程に導入されるようになると,ことばでの抵抗は必ず体罰で終わった

 社会的・社会心理的プロセスにあてはめ,現象はどこまで説明できるのか.その経過は,日本人的特徴をどの程度物語っているのか.本書の視点はここにある.森恒夫永田洋子の「資質」が,連合赤軍を「告発」と「犠牲」に染め上げた特異な役割を果たしたことを前提にするが,共産主義化を死に至るイデオロギーに変容させたのは3つの要素があるという.自己啓発セミナーで用いられる洗脳技法「意識高揚法」(conscious raising),共産主義化が達成された状況と,個人変革が成就した状態との定義が曖昧であること,(個人と組織の)共産主義化が完全に達成されるまで,誰も山を下りてはならないという規律.

 同志粛清,あさま山荘へと突入していった革命戦士の行動様式は,異常心理的なコンフリクトをもたらす山岳ベースという密閉状況で暴走する.彼らは大袈裟な革命用語を振りかざすが,合理化を促す正当性の本質を誰も理解していなかった.ただしスタインホフは,革命志向の組織で叫喚される階級闘争を彼らの分析に用いていない.「ロマンティックな非現実」「現実の無意味な行為」が結合され,染められていったのが"死の観念"なのである.赤軍派の組織が粛清をめぐる閉ざされた集団と化し,そのアイロニー社会学的に分析した例として,本書はもっとも鋭い解釈力を提示した.政治学に対する社会学という文化的アウトサイダーの行使としては,おそらく最高峰に属するだろう.

われわれ全員が,連合赤軍事件のような悲劇の,被害者にも加害者にもなりうるのである.そしてそのような悲劇は,革命後にも革命前と同様に起こるのだ.それらは,イデオロギー上の信念が,われわれの目や耳や心でとらえたことよりも真実だとされているかぎり,そして組織の結合や指導者の権威が,個々人のノーと言える可能性を踏みにじってしまうかぎり,なんどでも繰り返し起きるだろう.こういう考え方はアメリカ人的だと思われるかもしれないが,その証拠は否定的であるにせよ肯定的であるにせよ,あらゆる文化に見出すことができると私は思う.ただ他人の庭のほうがずっと見つけやすいというだけだ

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Title: SHI ENO IDEOLOG - NIHON SEKIGUNHA WITH NEW PREFACE

Author: Patricia G. Steinhoff

ISBN: 4006030843

© 2003 岩波書店