■「文学賞殺人事件 大いなる助走」鈴木則文

文学賞殺人事件 大いなる助走 ≪HDニューマスター版≫ [DVD]

 平凡な地方都市,焼畑市.大企業「大徳商事」に勤める市谷京二は,ふとした縁で同人誌「焼畑文芸」のメンバーである人妻の玉枝と知り合い,彼女に魅かれていくと同時に同人誌活動に興味を持つ.その後,市谷は大徳商事の内幕を暴いた「大企業の群狼」を執筆.作品は予想外の反響を生み,市谷は会社をクビになり,親にも勘当されるがなんと文壇の名誉,直本賞の候補に….

 木賞に三度落選した怨み,権威への憤りを叩きつけた筒井康隆の問題小説の痛快娯楽作である.スキャンダルまみれの俗物が醜態をさらす筒井ワールドの雰囲気が,映像の空気感としてよく出され,ふと我に返った人物が世界の中で相対的な位置を確認してみるというメタ認知も表現されていて見逃せない.文学と権威という崇高な次元を操作するのは,利己的な欲望で,いいかげんに入選を決める審査員たちであるのは世の常である.筒井も個人的体験としてよほど腹に据えかねていたのだろう,常軌を逸するSF作家役で登場し,長口上をものともしない.

 SF軽視や無理解の分断を徹底的に罵倒することで,なんとか留飲を下げようとする狂暴性には,リリックな悲しみが仄見える.品位に欠く人々が丁々発止と渡り合う劇中に流れる音楽は,ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven)《交響曲第9番ニ短調》,カミーユ・サン=サーンス(Charles Camille Saint-Saëns)《ハバネラ》,フランツ・シューベルト(Franz Peter Schuber)《アヴェ・マリア》,ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss II)《皇帝円舞曲》と壮麗.

 個人ウェブサイト,ブログやSNSが普及する以前には,無名作家が創作物を公表する機会は,同人誌や自費出版に限られていた.フラストレーションに苦悶した経験をもたない人には,エンドロールで流れては消えていく数々の同人誌の哀歓も理解できない.直本賞の"受賞請負人"こと多聞伝伍が「朝目カルチャーセンターで小説作法を学んだ程度」と揶揄したのは,現在まで多彩な講座を運営している国内最大級の生涯学習センター「朝日カルチャーセンター」.「大衆文芸の書き方」という講座の受講生らが1985年3月に創刊した同人誌「MON 48」第3号が,同人誌「されど」と並んで一瞬だけ登場する.

 当時の講座は毎週月曜日,新宿住友ビルの48階の教室で開かれていたため,翼を広げたペンが新宿住友ビルから飛び立つ意匠の表紙がひときわ印象深い.閉鎖された人間関係の中で苦しんで創作された作品は,世間の目にふれることなく埋没していく運命を辿るが,それでもいつか文壇の誰かの目に留まる可能性という淡い期待を否定できないのである.「リアリティがない」「SF差別」「作家や作家志願者全体が文学的精神異常者」――地方同人誌では満足できなくなり虚栄心で心身を消耗させ狂気へと走る新人作家も,愚かで悲しくて可笑しい.

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原題: 文学賞殺人事件 大いなる助走

監督: 鈴木則文

129分/日本/1989年

© 1989 東映