■「マイ・プライベート・アイダホ」ガス・ヴァン・サント

マイ・プライベート・アイダホ [Blu-ray]

 ストリート・キッドのマイクは,男娼として街角に立ち,少年を好む中年男性を相手に体を売って日銭を稼ぐ日々を送っている.ある時,マイクは記憶の中の母親に良く似た女性客を前に持病の睡眠発作を起こしてしまう.眠り続ける彼を助けたのは男娼仲間のスコットだった.彼は市長の息子であり何不自由なく育ちながらも,見せかけだけの家庭に嫌気がさし,家を飛び出していた.ある日,マイクは行方不明の母親を探す決心をし,スコットと共に,兄リチャードが暮らす故郷のアイダホへバイクで向かう….

 ス・ヴァン・サント(Gus Van Sant)のキャリアと,1990 年代ニュー・クィア・シネマの両方を決定づけた映画の1つとして記憶される作品.故郷のアイダホを離れポートランドに移り住んだ男娼マイクは,緊張すると自分では制御できない睡眠調節障害「ナルコレプシー」の発作を起こす.政治家の父を持ちながら家を飛び出し男娼を続ける友人スコットの協力を得て,マイクは母を探してローマまで旅立つ.2人の信頼関係とその後の亀裂は,ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)の史劇『ヘンリー四世』劇中のハル王子(後のヘンリー5世)と老騎士ファルスタッフの関係を採り入れ,映画が幕を閉じた後の「その後」に暗示を与える.青年時代のハル王子を唆し悪事を勧めたファルスタッフは,ハル王子の戴冠とともに,新国王ヘンリー5世によって追放される.社会的弱者を虐げている父との葛藤で反抗的で放縦に見えるハル王子は,行動のどこまでが本気で計算されたものであるのか掴みどころがない.

 マイクが一人前になったとき,お前に変化をもたらすつもりだとスコットは述べ,焚き火の炎に照らされながら,彼への愛を朴訥に告白したマイクを拒絶した.王子は人間の性質について学ぶためにいかがわしい者たちとつきあっているのだろう,と推察したウォリック伯の言葉どおり,裕福な市長の息子であるスコットからマイクへの友情や信頼は薄情な気まぐれでしかない.いずれにしても,ボヘミアンなライフスタイルの二者の関係は,時が来れば決裂することは目に見えている.家族からも見捨てられ,疎外,裏切り,報われない愛を埋めるために,マイクが追い求めた母性はポートランドにも遠いローマにも所在がなく,スコットは彼の元をすでに去っていた.アイダホに帰ってきたマイクは,無感情のまま男から男へと体を売り続け,ナルコレプシーにより昏倒してしまう.

 大酒呑みで小心者なファルスタッフは,戦場に出て強敵に出会えば"死んだふり"をする奇癖を持っていた.ストレスがナルコレプシーのエピソードを誘発するため,世間に対するシニカルな無関心を装うマイクにとって,突発的な昏睡は世界の「遮断」であり,自己防衛機制なのである.リヴァー・フェニックス(River Jude Phoenix),キアヌ・リーブス(Keanu Charles Reeves)の繊細な美しさで現代的LGBTクィアを主題としつつ,シェイクスピアの史劇を題材とした憂鬱なトーンの本作は,成り立ちとして,3つのプロジェクトを融合させる形で完成された.1つ目の案は,『ヘンリー四世』を翻案し,ポートランドのストリートキッズを題材にした物語詩だった.2つ目の案は,ラスベガスの路上に住む2人のスペイン人の物語で,彼らはスペインの地図で自分たちの姓を見てスペインに行き,自分自身と家族について探索する.

 最後の案は,ドイツ人の自動車部品セールスマンの家に「飼われる」ハスラーの話である.3つのシナリオを独立させることに困難を感じたヴァン・サントは,1つに統合させ,本作"MY OWN PRIVATE IDAHO"とした.ポルノ雑誌の表紙の少年たちが生き生きと対話するシーンはCGや特殊撮影ではなく,俳優が大きなプレキシガラスの後ろに立って,雑誌の模擬表紙を前にして撮影されている.「スタンド・バイ・ミー」(1986)撮影の少年期から,よくジェームス・ディーン(James Dean)と比較されたフェニックスは,本作の製作中でも何度も「素晴らしかったよ.君は次のジェームス・ディーンみたいだね」と誉められていた.そのたびに,丁寧に感謝の言葉を述べた後「決してそんなことはないよ」と語っていたという.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: MY OWN PRIVATE IDAHO

監督: ガス・ヴァン・サント

105分/アメリカ/1991年

© 1991 New Line Cinema