▼『ライシャワーの日本史』エドウィン・O.ライシャワー

ライシャワーの日本史 (講談社学術文庫)

 今日の日本はいかにして形成されたか.日本の気候風土と日本人の創意工夫の気質は,繊細な美意識と逆境から立ち直る精神を培う一方,背後から政治が操られる独自の支配形態を生み出した.日本生まれの著者が,東西世界を見渡す高い視点から,日本史の主流と傍流とを区別し,各時代の危機的局面を日本人がどのように克服していったかを明らかにする――.

 史的事実という地位は解釈の問題に依存し,その解釈という要素は,歴史上のすべての事実の中に含まれているとE.H.カー(Edward Hallett Carr)は考えていた.史観を耕し定着させようとする歴史家の責務において,歴史の進歩性と叙述性を重んじたカーは,「歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程」「現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」を歴史の本質・目的・意味のコンテクストで論じたのである.

 エドウィン・O.ライシャワー(Edwin O. Reischauer)は「日本とアメリカは向き合っているが,太平洋を挟んでいる」と述べている.宣教師の子として東京に生まれ,ハーバード大学で中国と日本の歴史を学んだライシャワーは,駐日大使として日米関係の転換期に教育,貿易,安保を通じて「対等」を原則とする政策立案を説いた.古代から20世紀の戦後日本までを通史的にスケッチする本書は,地理的孤立と文化的言語的特異性をもつ日本人の特質を分析するため,パースペクティブは幕末から両大戦期,古代から近世までの概観へと遡っていく.

アメリカ人にとって民主主義とは,あらためて論じるまでもないわかりきったものであったから,言葉で説明しようとする努力をさほど払わなかったのである.だが日本人,それもとりわけ知識人となると,古くは徳川時代の包括的な儒教思想,近代になってからはドイツ流の観念論が思想的背景をなしており,アメリカ人が示そうとしたものよりも,もっと理路整然とした哲学的説明を望んでいた

 日本人の模倣と創造性を褒めそやす一方,GHQの戦後処理政策,復興開発政策は成功例であったという視座を基本にもつ.日本の民主主義の根は深く,将来は明るい――ライシャワーの有名な語録にあるように,日本は民主主義の導入が図られる「実験国家」となった.その同質性や因襲を西欧社会はいかに理解すべきかという巨大な観点が,理路整然とした叙述の背後にある.日本と中国を含む東洋圏のフォワードルッキングに,ライシャワーは精力的に取り組んだ.

日本民族は,借用とものまね以上のことは何もしなかったではないか,とよく言われるが,この指摘はまったく事実に反している.地理的に孤立していたため,日本人が意識して海外から学んできたことは確かであるが,同時に他から隔絶したいたことにより,同程度の他の規模の他の地域に比べても,とりわけ特異な文化を発展させることが可能だったのである

 人文科学や社会科学への貢献の中で,歴史を長い射程に収め解釈する試み,それはアメリカが超大国となり,アジアの台頭を警戒する時代に,寛大な相互理解を戦略として持つべき時宜にかなったということだ.本書の構造は,膨大な日本語文献を読み解き,幅広い視野で日本史を分析的に再構成したものといって過言ではない.日本史の主流と傍流を,明確に区別しないところに生まれる半端な日本文化理解を一蹴する知力が物々しいのである.

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Title: JAPAN - THE STORY OF A NATION

Author: Edwin O. Reischauer

ISBN: 4061595008

© 2001 講談社