■「13デイズ」ロジャー・ドナルドソン

13デイズ [Blu-ray]

 1962年,米軍偵察機が捉えた衝撃の映像.それはソ連軍がキューバに配備したと思われる,最強の破壊力を持つ核ミサイルの姿だった.迫り来る第三次世界大戦の危機.これに真っ向から立ち向かったのは,米国史上最年少の大統領ジョン・F・ケネディ,司法長官ロバート・ケネディ,そして有能と謳われた大統領補佐官ケネス・オドネル.彼らはいかにしてこの最悪の事態から世界を救ったのか….

 メリカとソ連国連憲章第51条の集団的自衛権を根拠に,それぞれ軍事同盟を結成した.軍事的な脅威は軍事的な手段によって排除する前提は,冷戦下で当然に機能していた.1962年9月,キューバソ連政府は,米国本土の大部分を攻撃する能力を持つ多数の中距離および中距離弾道核ミサイル(MRBMとIRBM)の基地をキューバに密かに建設し始めた.10月14日,アメリカのU-2写真偵察機が,キューバに建設中のソ連のミサイル基地の証拠写真を撮影.10月28日,大統領ジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy)と国連事務総長ウ・タント(U Thant)は,米国がキューバを侵略しないことを約束する代わりに,攻撃兵器を解体し,国連の検証を条件としてソ連に返還することでソ連中央委員会第一書記ニキータ・フルシチョフNikita Sergeyevich Khrushchev)と合意し,対立は終結した.キューバ危機当時,JFKソビエトキューバに核ミサイルを配備したという事実に対し,長期的な戦争のリスクを低下させるには,短期的に戦争リスクを高める必要があると考えた.キューバ危機は,ベルリン封鎖と並んで冷戦の主要な対立のひとつであり,一般に,冷戦が核衝突に最も近づいた瞬間と見なされている.

 政府はあらゆる選択肢を考慮し,効用を最大化するために合理的に行動しなければならない.JFKは,前年のピッグス湾事件での失敗で「軍事作戦に関しては指導力がない」と評されており,ここで判断を誤れば政治生命が危ぶまれる立場にあった.大国の軍拡競争とその緊張関係は不可避となり,国家(群)間の力の均衡によって国際平和と国の安全が保たれるという勢力均衡論的なパワー・ポリティクスは矛盾を呈していた.CIAと国防総省が地上侵攻に続く空爆を呼びかける中,想定されるソ連の脅威に直面して後退するわけにはいかないと理解していたJFKは,ミサイルを容認しないと決意したが,ソ連に撤退する必要があることを明確にさせるだけの毅然とした態度を見せなければならないと同時に,挑発を避け融和的でもあったように見せなければならなかった.国家安全保障会議執行委員会(ExComm)を組織した13名――司法長官ロバート・ケネディ,国防長官ロバート・マクナマラ国務長官ディーン・ラスク,CIA長官ジョン・マコーンなど――とホワイトハウスの力関係と大統領の権限が決定の「本質」であった.

 本作は,JFKと大統領側近の意思決定プロセス,大統領府と国務省国防総省との緊張関係,大統領に支持された外交アプローチを無効化しようとする軍産複合体――すなわち統合参謀本部――の試みにも動じなかった英雄JFKの毅然たる態度がソ連を屈服させた,というストーリーを描きたいらしいが,実際には,「JFKが宣戦布告演説をする」という誤情報を真に受けたフルシチョフが,核戦争を防ぐためにミサイル撤去を宣言した,というのが真相であった.軍の標準的な作戦手順(交戦規則)と,良識ある人間のより良い判断との間の対立は,ハリウッド資本の映画にとってはご都合主義でしかない.軍部は米国が先制攻撃した場合のソ連の反応について,「核戦争の恐怖から何もできない」と主張したが,米国が攻撃を受けた場合には「報復する」と断言した.JFKにとって,これは難しい決断であった.さまざまな行動方針が議論されたが,政権は冷戦の根底にある仮定や兵器が防御的ではなく攻撃的だったという前提を決して疑問視せず,映画ではキューバを不安定化させようとする米国の過去の試みについても言及も議論もしていない.

 JFKは,ホワイトハウスでの会議中に頻繁に録音機を設置した.映画の会話の多くはそのテープから直接取られたものである.JFK空爆について国務長官に相談しているとき,メモランダムがやりとりされている.映画からカットされたシーンの一部では,そのメモには「東条が真珠湾攻撃を計画していたときの気持ちが分かりました」と書かれていた.この映画のサブプロットの1つは,統合参謀本部ケネディ政権に存在した緊張と不信の関係である.物議を醸したのは,交戦規定について激しい議論を交わすシーンがある国防長官ロバート・マクナマラ(Robert Strange McNamara)と海軍提督ジョージ・アンダーソン(George Anderson)の関係である.2人はお互いを強く嫌っていることで知られていた.マクナマラはアンダーソンをタカ派で不服従者とみなしたが,アンダーソンはマクナマラを資格がなくお節介だとみなした.結局,マクナマラはアンダーソンはもう飽きたと判断し,JFKを説得して解任させようとした.JFKは完全解任には反対したが,アンダーソンを海軍作戦部長に再任せず,代わりに彼を駐ポルトガル米国大使に抜擢.アンダーソンが早期引退を余儀なくされたのは,主にマクナマラとの不和によるものだったという.

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原題: THIRTEEN DAYS

監督: ロジャー・ドナルドソン

145分/アメリカ/2000年

© 2000 New Line Cinema