栄華を極めた全盛期を過ぎ去り,家族も,金も,名声をも失った元人気プロレスラー“ザ・ラム”ことランディ.今はどさ回りの興行とスーパーのアルバイトでしのぐ生活だ.ある日心臓発作を起こして医師から引退を勧告された彼は,今の自分には行く場所もなければ頼る人もいないことに気付く.新しい仕事に就き,疎遠だった娘との関係を修復し,なじみのストリッパーに心の拠り所を求めるランディ.しかしその全てにつまづいた時…. |
80年代にセックス・シンボルと認知されていたミッキー・ローク(Mickey Rourke)に,かつての面影はない.プロボクサー時代の後遺症と整形手術による容貌変化,また飲酒運転や暴力事件によるイメージ凋落から,きわめてスポンサー受けの悪い三流役者に成り下がってしまった.少なくとも,本作完成まではそのように評価されていた.屈辱に塗れた「出で立ち」を愚直にランディ(“ザ・ラム”)に投じる必要を最優先したため,ダーレン・アロノフスキー(Darren Aronofsky)は,主演はローク以外にあり得ないと譲らなかった.
かつての栄光に縋りつく次元を越えて,ランディは所詮リングの外の「現実」に耐え切ることのできない男だ.家族と異性への愛に破れ,パートタイマーで日銭を稼ぐ生活.プロレス界での20年前の勇姿は,現実生活では何の支えにもならず,慰めにもなっていない.逆に,中途半端なファンの慰み者になっている広い背中が,哀愁を誘う.プロレスには,興行的な打合わせ,いわゆる「八百長」行為や「アングル」が活用される.その段取りから連携プレイまでがリアルに描かれていて面白い.
リング上では獣のように咆哮し,流血沙汰も厭わないレスラーの本来の姿は,間違いのない興行に心を砕く「社会人」そのもの.ここでの彼らのやり取りは,台本なしで交わされている.ドサ廻りの身とはいえ,リング内と楽屋では,ランディは尊敬される存在.そこには秩序があり,先達者“ザ・ラム”への敬意がある.彼を脅かすのは,老い・ステロイド常用による心臓疾患・そして拭えぬ孤独.
家賃を滞納しても,ブロンドの長髪で筋骨隆々の外見を保とうとする努力は怠らない.ランディは,“ザ・ラム”にどうやっても訣別することができないのである.その悲壮感は,ロークの実体験からきていると印象付ける「出で立ち」から兆している.不器用に生きてきた男は,骨を埋める場所を,やはり無様な覚悟で踏みしめるほかはない.自己の世界をもたぬ輩は惨めなものだが,築き上げた世界観に人は結局,回帰せざるを得ないという理を巨体が示している.誰がその生き様を笑えよう.
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原題: THE WRESTLER
監督: ダーレン・アロノフスキー
109分/アメリカ/2008年
© 2008 Wild Bunch,Protozoa Pictures,Saturn Films