▼『われ万死に値す』岩瀬達哉

われ万死に値す: ドキュメント竹下登 (新潮文庫 い 57-1)

 「私自身顧みて,罪万死に値する」国会でそう証言した元首相,竹下登.国のキングメーカーにまで登りつめ,今なおその残影は永田町を覆う.前妻の自殺,実父との確執,巧妙な錬金術,そして秘書たちの死‥‥にこやかな仮面の下に隠された彼の罪と業とは何か.出身地・島根で囁かれる「タブー」から疑惑の「皇民党事件」まで,ひとりの政治家の一生を辿りながら,日本社会の闇を抉る――.

 下登の個性的な政治スタイルは,「言語明瞭,意味不明瞭」と揶揄されるものだった.彼は独特の口調と言葉遣いで一世を風靡し,その最たる例が1992年11月26日の衆議院予算委員会での証人喚問であった.この場面では,竹下自身が内省的な言葉を述べ,その堅い姿勢は金庫番を一任していた秘書の自殺に関しても崩されなかった.

 竹下は佐藤栄作田中角栄から学び,閨閥を形成し,官房長官や蔵相などの重要な政治ポストを次々に獲得,キングメーカーとしての地位を確立した.竹下は時折,「調整係」と自称し「僕にはカリスマ性もない」と述べるなど,爪を隠し持つ鷹のような役割を演じた.

私という人間の持つ一つの体質が今論理構成されましたような悲劇を生んでおる,これは私自身顧みて,罪万死に値するというふうに私思うわけでございます

 本書は,竹下がどのようにして権力を志向し,その動機がどこにあるのかを追求しようとするが,その分析はすべて中途半端で表面的なものにとどまっている.竹下は言葉を操り,素顔を隠すことで自己像を演出し,国会答弁でも野党の質問をうまくかわし,論点をすり替えるしたたかさを見せた.筆者自身も竹下の話術に打ち勝つことができず,翻弄された.

 綿密な調査と裏付けが内在的な批判を可能にするが,本書にその能力はない.竹下の精神世界や信条が何であったのか,そして彼にまつわる多くの疑惑が闇に葬られるのか,それとも解明されるのか,それさえもわからないまま,彼の政治生命は急速に終わった.竹下は,本書(初出)が出版された翌年に死んだ.意味不明瞭な乾いた笑い声を記憶する人も少なくなった.

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原題: われ万死に値す―ドキュメント竹下登

著者: 岩瀬達哉

ISBN: 9784101310312

© 2002 新潮社