▼『アナバシス』クセノポン

アナバシス: 敵中横断6000キロ (岩波文庫 青 603-2)

 前401年,ペルシアのキュロス王子は兄の王位を奪うべく長駆内陸に進攻するが,バビロンを目前にして戦死,敵中にとり残されたギリシア人傭兵1万数千の6000キロに及ぶ脱出行が始まる.従軍した著者クセノポンの見事な采配により,雪深いアルメニア山中の難行軍など幾多の苦難を乗り越え,ギリシア兵は故国をめざす――.

 401頃,小アジア方面の総督であったペルシア王子キュロス(Kuruš)は,1万余のギリシア傭兵を率いてアルタクセルクセス2世(Artaxerxes II)の王位を奪おうと企てた.クナクサの戦いでキュロスが殺害されると,軍の指揮官らもティッサペルネス(Tissaphernes)の奸計により討たれる.首都バビロンを目前にして,敗軍の将として混乱に陥るその傭兵軍を率いたのが,クセノポン(Xenophon)であった.

 メソポタミアから黒海,ボスポロスに退却する途に,ティグリス河の遡行,雪深いアルメニア山中への進軍という苦難を越える.敵中を横断した距離6,000キロ,逃避行に要した年月は上り(アナバシス)と下り(カタバシス)で1年と3ヶ月に及んだ.ペルガモンへの帰還を果たした時,傭兵の数は半減していたという.アテナイのエルキア区出身のクセノポンは,ソクラテス(Sokrate)に師事した.

 ソクラテスの苦言を容れず,キュロスの遠征に加わったクセノポンは,紀元前399年に解放されるが,同年はソクラテスが毒杯を仰いで死んだ年である.彼は師の死に立ち会うことはできなかった.1万を越える敗残兵を統率するクセノポンは,本書においては武人として描かれる.気の逸る傭兵たちの不満や憤りを,指揮官として巧みな弁舌で説得する記述からは,強い自己弁護の意識が読み取れよう.

 軍規があり言論の自由があるギリシア式民主制がうかがわれる行軍は,決死であっても「移動する国家」であった.コリント戦争でアテナイと敵対したことから,クセノポンはアテナイ追放処分を受け,オリンピア近くのスキルス村に引きこもり,狩猟や運動競技に興じるとともに,文筆生活に入った.アッティカ散文の典型,文体の範として広く尊重されてきた本書および代表作は,この頃に執筆されている.

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Title: Αναβασισ

Author: Xenophon

ISBN: 400336032x

© 1993 岩波書店