▼『ソフィーの選択』ウィリアム・スタイロン

ソフィーの選択 上巻 (新潮文庫 ス 11-1)

 1947年の夏,作家になる夢を抱いている純粋な若者スティンゴは,出版社勤めを辞めて創作のために新しい生活を始めようとしていた.安下宿に移った彼は,階上に住むポーランド美女のソフィーやユダヤ人のネイサンと親しくつきあうようになる.ソフィーとネイサンの関係は,深く愛しあいながらもただならぬものが漂っていた……ピューリッツァー賞作家が描く哀しく激しい恋愛小説――.

 択を下さなければならない状況によって,極限まで追い込まれた人間の人生にもたらされる宿命観.著者はホロコーストの非ユダヤ人被害者について書くことで,やや小さな議論を呼んだ.ソフィーはポーランドからアメリカに亡命してきた女性で,ナチス強制収容所で過ごした経験がトラウマとなっている.ニューヨークで彼女はユダヤ人の恋人ネイサンを得るが,ネイサンは性的魅力に富むとともに精神を病み,異常な衝動性を抑えられない男だった.編集長と衝突して解雇され,失業状態で恋人もいない孤独なスティンゴを,ソフィーとネイサンは海水浴に誘ったり,ユダヤ料理をご馳走したり,温かい友情をもって接する.

 収容所の悪夢の経験によっていまだに心身に深い傷を負っていること以外,何も語ろうとしない謎めいた彼女にスティンゴは淡い恋心を抱く.物語は,ソフィーの回想により息子や娘と生活する占領下ワルシャワ,そしてアウシュヴィッツへと移り,その語りには意図的な省略,沈黙が含まれる.かつて反ユダヤ主義者の父親の手足として働いたことへの贖罪意識から逃れられないソフィーは,ネイサンとの被虐的共依存関係に溺れていく必然性に囚われている.亡命後の生活が虚構でしかないソフィーは,同じように虚構の世界に生きるネイサンともつれ合うようにして生き,彼女の運命を暗示する.

 ソフィーの語られない過去に秘められた「選択」――狂気を生き延びた者の心は凍り付き,懺悔と恐怖のもとに「死」の誘惑を断ち切ることはできなくなる.それは,選択不可能なものに対して「選択」を強いた結果,破滅的な悲愴感に支配されてしまった人生の告発である.祖父が奴隷を売却して得た財産で食いつないでいるスティンゴの贖罪意識,南部出身の著者自身の黒人に対する贖罪意識がソフィーの壮絶な人生に重ね合わされ,ユーモラスなスティンゴ自身のポジティブな明るさをもってしても,生に彼女を繋ぎ止めることのできなかった敗北を彼は思い知った.

 ソフィーとネイサンをナッソー郡墓地に並べて葬ったスティンゴは,砂浜に立ってソフィーを思って涙をこぼし,疲れて眠り早朝に目覚めた.ただの朝,半透明の靄がかかった青緑色の空に明けの明星が輝いている.ホロコーストユダヤ人迫害としてだけでなく,人間の自由意志を奪う悪のシステムとして捉えようとした物語として,重層的なナラティブが時間軸を前後しながら,選択の意味とその果てにある絶望を探求する境地を認識する人間の彷徨譚である.

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Title: SOPHIE'S CHOICE

Author: William Styron

ISBN: 4102360018, 4102360026

© 1991 新潮社