喘息持ちの8歳のモンチョ少年は学校が恐くて仕方ない.しかし老教師グレゴリオ先生の包み込むようなやさしさに触れ,モンチョは次第に学校に馴染んでいく.先生と森へ繰り出し,蝶に渦巻き状の長い舌があることや,鳥の求愛行動を学んでいくモンチョ.しかし,平和な生活も束の間,やがて時代はスペイン内戦をむかえ,モンチョ少年にとって,とても悲しい出来事が起こる…. |
ガリシア地方の長閑な小村が,スペイン内戦の動乱に呑みこまれていく様相を,素朴な少年モンチョの眼がとらえる.喘息で劣等感も強いモンチョを,温かく学校に迎え入れた老教師グレゴリオは,雄が雌に蘭の花を贈るというオーストラリアの鳥ティロノリンコ,蝶の舌が渦巻きである理由,アズマヤドリの求愛行動などを聞かせた.大自然の驚異を少年の心に植え付ける賢老は,生徒に決して手を挙げず,有力者の賄賂も固辞する.
サナギはやがて美しい蝶に変態を遂げるものだ.モンチョの動揺と「震える世界」への了解とは,幼虫からサナギへと変容していく過程に擬えられる.1936年の冬の終わり,モンチョはグレゴリオ先生と出会う.左翼政党が人民戦線を結成,貴族・地主・資本家ら右翼勢力が戦線に対抗する軍事クーデターの季節に突入.1936年7月18日フランシスコ・フランコ将軍(Francisco Franco y Bahamonde)のクーデター宣言から,分裂したスペインは熾烈な内戦状態に雪崩込む.
「人が死ぬといったいどうなるの?」とモンチョが問いかけると,先生は「あの世に地獄はない」と教えた.地獄は人間が作るものだと.そのグレゴリオ先生は,共和派の取締りで捕縛され,罵倒される立場に転落.「アテオ!(不信心者)アカ!犯罪者!」――大人に混じって,子どもたちも声高に逮捕者に罵詈雑言を浴びせる.モンチョは恩師の変わり果てた姿に茫然としているが,大人にけしかけられて投石しつつ先生に叫ぶ.「ティロノリンコ!蝶の舌!」.なんという無垢ゆえの決断であろうか.その行為の意味を,モンチョはまだ気づかない.
人間の精神は自由であるべきことを知れ,とグレゴリオ先生は様々な題材を通じて子どもたちに伝えようとしていた.その高潔さを,人間の作り出す体制が蹂躙した過ち.モンチョは成長した時に改めて知るだろう.グレゴリオ先生という師への仕打ちを,彼は終生忘れることはできなくなり,個人の責は限られていたことを理解した上での葛藤を得るであろう.連行者に加わった先生を追ったモンチョの絶叫は,圧力に屈服させられた敬愛の念をはかなむ悲鳴でもあった.
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原題: LA LENGUA DE LAS MARIPOSAS
監督: ホセ・ルイス・クエルダ
95分/スペイン/1999年
© 1999 Sociedad General de Televisión (Sogetel)