▼『匂いのエロティシズム』鈴木隆

匂いのエロティシズム (集英社新書)

 視覚,聴覚,味覚などに比べて,嗅覚については,論じられたり,教育されたりする機会はきわめて少ない.とりわけ近年,無臭であることが是とされて,消臭グッズが売れている‥‥こうした現象の背景にある匂いの抑圧と,本能の抑圧・性の抑圧とのつながりを探ると,意外にも匂いと性のただならぬ関係が浮かび上がり,人間特有の性の謎が見えてくる――.

 抜な仮説の連続であり,奇想天外な理論が展開されている.特に人間のエロスを匂い・香り・フェロモン・本能といった要素で整理し,独自の解釈を提示するその手法は,まさに珍説の域に達していると言わざるを得ない.著者はプロのパフューマー(調香師)であり,その立場から「エロモン」理論や「<ハナ-アソコ>コネクション」といった独特な視点を披露しているが,そのセンスはいかがわしく感じられるだろう.

 嗅覚と性行動の関係については,ラバーフェチブルセラマニア,ボンデージといったフェティシズムの例が示すように,匂いと性的嗜好は密接に結びついている.現代では体臭を消すための製品が多く出回り,「におい」はしばしば抑圧されがちである.しかし,本書は匂いや臭いが性と深く関わっている可能性を真剣に考察している.この視点は,動物的な生々しさの忌避が逆に「におい」の本質的な性との結びつきを強調するものとなっている.

 著者の動機には,田山花袋『蒲団』に登場する高校教師の赤裸々な衝動に通じる部分があり,著者自身の性的興奮を伴う嗅覚の記憶が大きな影響を与えている.そのような記憶を糧に,プロのパフューマーとしての道を歩み,性的な嗅覚の世界を深く掘り下げている.その過程で,秘め事を大胆に考察する意欲を持ち合わせているが,一方でその執着心と思い込みが文体に現れており,読む者に負担を強いる.その独特な世界観は,胡散臭すぎる.

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原題: 匂いのエロティシズム

著者: 鈴木隆

ISBN: 4087201295

© 2002 集英社