▼『塔の思想』マグダ・レヴェツ・アレクサンダー

塔の思想―ヨーロッパ文明の鍵

 本書の課題は,塔というものにこめられた意義,つまりその精神と,表現する内容をきわめることにある.それはバベルの塔アレクサンドリアのファロス灯台など,すべての塔に共通する原則と本質が見出され,適切な実例によって証明される――.

 メソポタミアの神塔"ジッグラト"をモデルにしたと思われるバベルの塔旧約聖書「創世記」)は,ヨーロッパ文明を象徴する鮮烈な塔(Tower)イメージに貢献した.石の代わりに煉瓦を,漆喰の代わりにアスファルト(天然)を用いて,天まで届く塔の建設により神への冒涜とそれに対する"罰",意思を分断された人間の救いがたい愚かさ.

 ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel)がここに題材を求めたことも,ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)の秀逸な画《聖バルバラ》――非キリスト教徒の富者ディアスコロスが,意に沿わない求婚者たちから娘バルバラを遠ざけるため,彼女を塔に幽閉した逸話にもとづくドローイング――も,オプティミズムというよりペシミズムに彩られている.

塔はあらゆる他の建築物から,明確に区別されねばならぬ独立の建造物である.それは特別な目的と表現形式をもっている.この目的はきわめて性格的な形で,活気に満ちたしかたで,表現される.しかも,そこにははっきりわかる目的とか必然性があるわけではなく,内在するエネルギー自体が目的なのであり,独特の躍動的精神力自身が芸術形式になっている

 発生的・芸術的・歴史的経過の面で塔をとらえるなら,軍事上の目的(監視,防御)あるいは宗教上の目的(天上世界の希求)といった実際的な機能以前に,永久に不可知――解明をゆるさない不条理な文化装置――としての側面を維持しつつ,トラヤヌスの円柱やエッフェル塔にみられる世俗社会の象徴の役割も担っている.

われわれが広がりの中に生き,その中で,ものを建設すればするほど,そして,共同体のためにはたらき,創造すればするほど,そしてまた,われわれが集団の中へますます解消されていけばいくほど,われわれは,より切実に,創造と人生の中の自由な個人のかけがえのない価値を考えるようになる.その自由を見出すことが困難になるほど,われわれの願いも強くなる.なぜならわれわれは,偉大な個性の持つ精神力こそが――すべてを飲みこんでしまう集団の精神の中でも,けっして解消されない,また解消されることの不可能な――唯一の力であることを,じゅうぶん知っているからである

 いわゆる幅と奥行に対して垂直軸(高さ)の著しく強調された建造物は,縦横なる象徴的解釈をさせずにはおかない魅力と畏怖をたたえる存在といってよいだろうか.本書は,非合理性を内包する建築様式における精神的価値の本質にふれることのできる書物である.

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Title: DER TURM,ALS SYMBOL UND ERLEBNIS

Author: Magda Revesz Alexander

ISBN: 430926171X

© 1992 河出書房新社