▼『科学と仮説』アンリ・ポアンカレ

科学と仮説 (ちくま学芸文庫)

 科学の要件とは何か? 仮説の種類と役割とは? 数学と物理学を題材に,関連しあう多様な問題を論じる.規約主義を初めて打ち出した科学哲学の古典――.

 何学の公理や物理学の原理は,人間が自由に決めた定義,あるいは人間の精神が創った規約であるという「規約主義」を提唱したアンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré)は,純粋数学応用数学のほとんどあらゆる領域にわたってすぐれた業績を残し,1930年代の論理実証主義による科学哲学を論じた.代数学の基本定理を証明し,整数論にはじめて完全な体系を与えたカール・フリードリヒ・ガウス(Carolus Fridericus Gauss)以来,"普遍学者"と呼ばれる科学者はもう現れないといわれてきた.

 その後継者とさえ見なされたポアンカレの一連の科学思想書(『科学の価値』『科学と方法』『晩年の思想』)に先んじて,本書は公刊された.アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)の相対性理論,またアバンギャルドの集団であるエコール・ド・パリにおいて――パブロ・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso)やマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)――ポアンカレの「四次元における複雑な多面体」は影響を及ぼした.本書の非ユークリッド幾何学や四次元に関する記述がなければ,キュビズム・時間・運動という芸術的トポロジーは,まったく異質のものになっていただろう.

すべてを疑うか,すべてを信ずるかは,二つとも都合のよい解決法である,どちらでも我々は反省しないですむからである

 ポアンカレは,本書で数学的帰納法を先天的総合判断――経験によらない総合判断――の典型であると述べている.現代物理学への転換前夜の20世紀初頭,連続体や幾何学空間の概念はどこから生まれたか,仮説にはどういう役割と種類があるか,科学は自然に対してどういう立場をとるべきか.仮説(公理)が「規約」として設定され,その「規約」に基づく理論体系の有益性をポアンカレは提示した.これによって,数学は無限を扱うことができアインシュタインら若き科学者たちを「何週間か呪文をかけられたように」痺れさせたのである.

幾何学の対象は特殊なある「群」の研究である.しかし群の一般概念は我々の理知の内に先在している,少くともその可能性を内に蔵している.この概念は,我々の感性の形相としてではなく,我々の悟性の形相として我々に服従を強いるのである.…中略…経験はこの選択するのを強いはしないで,導くのである.経験はどの幾何学が最も真であるかということを認識させはしないが,どれが最も便利であるかを認めさせる

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Title: LA SCIENCE ET L'HYPOTHÈSE

Author: Henri Poincaré

ISBN: 978-4-480-51091-4

© 2022 筑摩書房