▼『インドへの道』エドワード・モーガン・フォースター

インドへの道 (ちくま文庫)

 イギリス支配下のインドの小さな町を舞台に,インド人医師アジズと,フィールディングらイギリス人との交流と対立を描いて,東洋と西洋,支配民族と被支配民族がいかにして結びつくことができるかを問うフォースターの代表作.無実の罪に問われたアジズのその後は?デヴィッド・リーン監督により映画化され,いま異文化との摩擦,融和の問題に直面する現代日本で重要なテーマを提起する不朽の名作――.

 英帝国統治下のインド,架空都市チャンドラポア.支配と被支配の文明の接近と離反は,コロニアルな相互理解の難しさをパサージュとして伝えてくる.ロンドンの福音派の一派,名家クラパム派の子に生まれたエドワード・モーガン・フォースター(Edward Morgan Forster)は,ケンブリッジ大学に学び,ブルームズベリー・グループに交わり,宗教や社会の壁を越える世俗的なヒューマニストの感覚を磨く.

 大英帝国居留地へと続く道は,勇名を馳せた将軍たちの名に因む.インドは帝国の網に絡めとられている.コルドバサマルカンドの栄光に依存せず,回教徒ではないインド人の人生観に触れ続けることが,「唯一の健全の道」とインド人の青年医師アジズは感じている.若いイギリス人判事ロニーの母ムーア夫人,ロニーの婚約者アデラは,進歩的な考えで“コロニアル・カルチャー”を理解している風を装って見せる.

 それが信頼に足るものではないことが,アジズの案内した狭くて深い洞窟で判明するのである.洞窟の神秘的な反響音に動揺したアデラは,アジズが劣情をもよおしたと思い込み,アジズとその無罪を信じる者をチャンドラポアから排除しようとする勢力を呼び込む.インドの良識派がアジズの無罪を,居留地のイギリス人が有罪を確信する対立.30年以上イギリスから支配を受け続けていたインドの紛糾をさらに険悪化させる.

 調和を営み,優雅に尊厳を保とうとする人間の甘えに,悲惨な結果で示唆を与える.それは人間相互の理解の困難となって現れ,フォースターは自由を制限する因習に疑いの目を向け,異教的・神秘的経験を登場人物に経験させている.比喩的意味で「道」への交叉光は,翳りをもったまま今世紀へと引き継がれている.フォースターは生前には本書以降に小説を発表せず,死後出版の同性愛小説『モーリス』で議論と憶測を呼んだ.

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Title: A PASSAGE TO INDIA

Author: Edward Morgan Forster

ISBN: 4480028528

© 1994 筑摩書房