▼『日本の幽霊』池田彌三郎

日本の幽霊 (中公文庫)

 われわれの考えている常識的な幽霊は,昔の日本人の実際生活において見聞したものとはだいぶへだたりがあって,ある傾きを生じたものが,その方向に向かって,民俗生活を置き去りにして独走してしまったのだ…『古事記』から『源氏物語』,歌舞伎芝居に世間話.日本に伝わるさまざまな「ゆうれい話」を通して日本人の集団感覚について考察し,霊魂信仰の本質を明かす「生活史のなかのフォークロア」――.

 霊術,念写,念力,体外離脱などは,それ自体に論理的自明性をもたないために主張してはならない<命題>とされてきた.一方,煉獄や悪魔のおどろおどろしさとは距離を置き,崇高と恐怖ロマンスの対象ともいえる西洋式「幽霊」概念は,日本人の集団感覚が育んできた「幽霊」とは異質.

 小松和彦,井上圓了らは幽霊を「妖怪」に含める立場をとった.含めるべきではないとしたのは柳田國男だった.戊辰戦争前に讃岐に遣わされた明治天皇勅使は,崇徳上皇の御陵の前で魂の鎮めを祈っている."ghostly"(霊的なもの)は,祟りとなって700年の時間が経過しても消滅しないリインカーネイション(再生)という畏怖をかきたてた.

 生前の姿または見覚えのある姿で出現して怨念や悔恨を告げる幽霊は,相手を選ばずに襲う無節操な妖怪にはない繊細さをもつ.民俗学的な文芸論調の中で,近世芸能や伝承から解析される,人間の情念の実体化.読みやすく解りやすい本.

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原題: 日本の幽霊

著者: 池田彌三郎

ISBN: 4122044634

© 2004 中央公論新社